第20話; Compromise or Be brave

陽子さんは、通信制高校という言葉を言わない。

その代わりに、私達に対して『オンライン・ハイスクール』という言葉を使う。

「オンライン・ハイスクールって何?」

と陽子さんに聞いたら、

「カナダには通信制高校はないけれど、各市教育委員会では、卒業に必要な単位をインターネットで履修できたりするのよ。それをオンラインコースと呼ばれているだけど、通信制高校を英語で表現するなら、『オンライン・ハイスクール』が良いと私は思うのよね。ねえ、その方がカッコ良くない?」

「絶対カッコ良いよ。これから私、通信制高校のこと『オンライン・ハイスクール』って呼ぶことにする」

「私もそうする」

「私も」

「私も」

「僕も」

通信制高校から来加した高校生たちは、『オンライン・ハイスクール』という名称を気に入り、皆がその新語を次々にクチにする様になった。

バンクーバーサポート校で就学している通信制高校に在籍する高校生たちは、誰一人通信制高校という言葉を使わなくなった。まるでそんな言葉など最初からなかったかの様に、

新語のはずの『オンライン・ハイスクール』は独り歩きを始めて、今では彼ら彼女達は新しい高校生の生き方という意味でこの単語を使っている。

いつの日か、日本語辞書でオンライン・ハイスクールと引いたら、通信制高校という意味だけではなく、『新しい時代を生きる十代の生き方』なんて表現される日が来るのかもしれない。


2月に、オンライン・ハイスクールから入学してきた日本人留学生の10名はかなり個性的だ。秀樹と圭以外の8名は女子生徒だった。

その中でも一番目立っているのは、紀香だ。紀香は金髪のロングヘアー、その上かなりの美人だ。初日に彼女を見た時は、彼女がリーダー的存在かと思ったのだけれど、数日経つと紀香VS7名の女生徒たち的関係が浮き彫りになってきた。

私は、同じ日に来加したわけではないので、同じ日本人でも遠目に彼女たちの様子をうかがっていた。どっちが正しいのか悪いのか私には分からなかったが、紀香が廊下を歩いていると、同じ日に来加した女子生徒たちは誰も紀香に話しかけなかった。

え?何完全無視なの、と私でさえ思ってしまったほどだ。

そんなある日、こんな会話を聞いてしまった。

「ねえ、陽子さん聞いてよ。私たちA高校から10名で留学にきて、秀樹と圭は男子だから仕方ないけど、他女子8名は団結して仲良く留学生活を送りたいと思っているのに、紀香だけ全く行動を一緒にしようとしないんですよ。私たち困っているんです」

と、紀香だけ別行動を取ることに文句を言っている様だ。

陽子さんはその後、ランチを一人で食べている紀香に話しかけていた。

「いつも一人だね。みんなと一緒にランチ食べないの?」

「先生、私は留学に来たのですよ。なぜ留学期間に日本語を話す環境に身を置かなければいけないのですか?」

この会話がきっかけなのか、紀香と陽子さんは放課後に話をしている姿を時々見かける様になった。

「陽子さん、私完璧に女生徒たちから無視されていますよね。無視されるのはいいですけど、聞こえんばかりに、横を通ったら悪口を言われるんです」

と紀香は言う。

陽子さんは、

「紀香、私は今45歳なんだけど。あなたより、25年ほど長く生きてきた結果、分かったことがあるのよ。人生ってね、何かを一つ得たら必ず何か一つを失うし、何かを失しなったとしても代わりに何かを得ることが出来る法則になっているの。残念ながら、得るだけの人生を願っても絶対に叶わないんだよね。紀香は、カナダに英語を学びに留学に来たから、同じ高校から来た日本人生徒たちと留学期間は一緒につるみたくないだよね。私が紀香の相談に対して、応えられるとしたら、選択は二つの方法しかないわ。一つは、カナダに英語を学びに留学に来たから、同じ高校から来た日本人生徒と留学期間は一緒につるみたくないけど、悪口を言われ無視もされたくないなら、一週間に一日だけ、彼女たちと放課後一緒に過ごす努力をする。つまり、『compromise 歩み寄る』ということ。二つめは、自分の意思を貫き一切A高校の女生徒と一緒の時間を共有しなくても良いけど、悪口は聞きながず勇気を持つ。つまり、『be brave 強くなる』ということ。 どちらを選択しても間違っていないし、自分で好きな方を選択してみたらどうかしら?」

と提案したらしい。

翌日、紀香は陽子さんに

「私、決めました。私は留学期間、A高校の女子と一切つるみません。その代わり、無視されることも悪口言われることも気にしない様に努力します」

と選択した道を話したそうだ。

その後、紀香は女子全員に無視されながらも、ホストファミリー、クラスメートの外国人、クラスの先生方と交流し、英語だけの留学生活を過ごしきった。

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