第19話; 在日韓国人はカッコいい
KENは今年の9月からカナダの高校に入学する。韓国での高校1年の単位をカナダの高校に移行して、2年間で不足する単位を取得してカナダの高校を卒業する予定らしい。
そういえば確か、陽子さんが
「日本の文部科学省は日本の高校生が外国の高校に1年間までであれば行くことを推奨しているから、君たち通信制高校の生徒も1年間カナダの高校に行きたければ行けば良い」と言っていたことを思い出した。
KENが行くなら私もと、9月からKENと同じ高校に行くと決意し陽子さんに相談したら、
「今日からそのつもりで勉強のプランを立てるわよ。何一つ諦めなくて良いと約束したでしょう」
と言って、陽子さんはどんな時でも前向きに私を支えてくれた。
陽子さんは、私により詳しく通信制高校の制度を私に説明してくれた。
「例えばKENの場合は卒業留学だから、カナダのBC州の文部科学省が定める80単位を取得しなければカナダの高校を卒業できないから、そのハードルはもの凄く高いの。今の美紅の英語力では難しいけれど、通信制高校は日本の文部科学省が日本の高校と認可しているから、美紅は日本の高校生として1年間カナダの高校に行き、カナダの高校から発行される成績書をもとに美紅が在籍する通信制高校が単位移行をしてくれるので、カナダの高校の成績書は10段階あるから、最下のFail(欠点)さえ取らなければ、日本の高校の単位に移行出来るのよ。そのレベルのハードルなら少し頑張れば絶対に出来る」
と教えてくれた。
KENは次のクラス替えで、私を置いてレベル4のESLのクラスに上がって行った。
2010年2月、バンクーバーでは冬季オリンピックが開催された。
陽子さんは、多くの競技の観戦チケットを購入していた。そして、私達生徒に希望する競技チケットがあれば原価でチケットを譲ってくれた。
今でも忘れられない貴重な思い出は、浅田真央選手が出るアイススケートのゲームをKENと一緒に見に行ったことだ。
その会場で小さな奇跡が起きた。
私達が見に来ていたフィギュアスケートの大会で、金メダルを獲得した韓国のキムヨナ選手が演技を終えた後に、リンクから戻るキムヨナ選手に、私の横にいたKENが韓国語でキムヨナ選手に声をかけたのだ。
その声が聞こえたキムヨナ選手は私達に向かって手を振って応えてくれた。
私は、手に持っていた今日の入場チケットとペンを大勢の観衆の中で手を指し伸ばしたら、キムヨナは私の手からチケットとペンを取って、サインをして私にチケットとペンを返してくれた。
私が呆然としていると、KENが
「すげ~美紅。キムヨナは韓国では国民的アイドルなんだぞ。キムヨナのサイン。それも彼女が金メダルを取った大会の入場チケットにサインしてもらえるなんて、すげ~よ美紅」
と、KENは私以上に興奮している。
更に驚いたことに、翌日のバンクーバーサンの新聞の表紙にキミヨナが私のチケットにサインしている写真が一面に掲載された。目を凝らしてよ~く見ると、そのキムヨナの前方に立っている群衆の中に私とKENの姿も小さくだが写っていた。
陽子さんは、その記事を見つけ、KEN以上に興奮しながら新聞記事をハサミで切り抜き、キムヨナ選手のサイン入りチケットと新聞記事を挟んでラミネイト保存をして私にプレゼントをしてくれた。その時の記事は大きめのフォトスタンドにKENと私の二人の写真も一緒に入れて、今でもリビングに飾られている。
2月には、オリンピック効果があってか、私が在籍する通信制高校から、沢山の新入生が入学してきた。
その一人に秀樹君という同じ年の高校1年生男子が入学してきた。彼の英語力はゼロ、ESLのレベルは1。通信制高校から来る生徒の殆どがレベル1に入ることには、この頃の私は既に知っていたので、またかと驚くこともなかった。
その時の秀樹は、ハローをHalloと書いていた。正解はHelloなのに。
Halloから始まった秀樹だったけど、秀樹は1年間この語学学校で英語を学びながら私と同じ通信制高校の2年生分の単位を取得して、1年かけてレベル1からレベル3を終了し、高校3年生の1年間はカナダの高校に行き、通信制高校の3年生の単位を取得して、その後5年間かけてカナダの4年生大学を卒業している。
7年前にカナダに来た時はHelloさえ書けなかったのに、今では誰よりも流暢な英語を話し、大学卒業後カナダで仕事を見つけて、カナダに移住して暮らしているらしい。
その当時の私達の誰が秀樹の7年後を想像することが出来ただろうか。陽子さんだって、きっと想像できてはいなかったに違いない。
2月に来加した通信制高校の男子生徒の圭君の英語力もやっぱりレベル1だ。私は圭と接する機会はなく、キャンパス内で彼と話をしたことはなかった。
2月の特別活動は、バンクーバー冬季オリンピックでのメダリストの表彰をBCスタジアムで行う式典を見に行った。その週にメダルを取った選手一人一人がBCスタジアムのステージで表彰され、表彰者各自の国旗が掲揚され、その国の国歌が流れるのだ。
私たちが見に出かけたその日は、韓国人の金メダリストがBCスタジアムのステージで表彰された。舞台の中央には、大きな韓国の国旗が掲揚され、韓国の国歌が流れた。
帰りのスカイトレインで、私は二人座席シートに一人で座っていると、圭が隣に座ってきた。
そして、圭は
「田中さんとは喋ったことがないけど、実は俺在日やねん」
と、いきなりのカミングアウトをしてきた。
「俺な在日であることを皆には内緒にして欲しいと陽子さんに言ったら、陽子さんから『日系カナダ人の私と在日韓国人の君と何が違うの? 在日韓国人ってめちゃくちゃカッコいいと私は思うけど』て言われて、それでもなかなか在日であることをみんなによう言わんかってんけど、今日のメダリストの表彰式を見ていたら、俺は韓国人やと誰かに言いたくなってん。田中さんはスゲー綺麗で頭もいいのに、彼氏として韓国人のKENを選んだやろ。まあKENはめちゃカッコいいから俺なんかと比べたらあかんと思うけど。なんかな、まず初めに田中さんに言いたくなってんな」
と、サレー市に到着する40分ほどの車中で、こてこての大阪弁で喋る圭の告白を聞くことになった。
この告白を聞き、この話をKENにしたらKENは何と言うだろうかと考えてみた。
KENは韓国で生まれて韓国で育っているのだから、韓国人と告白することを恥ずかしいなんて思っているはずがない。
「圭君、私も在日韓国人はカッコ良いと思うわ」
と素直にそう思ったので、そう伝えると、
「田中さん有難う」
と圭は言って、その後の圭はキャンパスにいる韓国人の留学生たちに「I am Korean Japanese.」と言って、韓国人の友達作りに励んでいる姿をよく見かけた。
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