第16話; カナダに帰りたい

私は

「絶対にいや。生まれて初めて、毎日学校に通えているの。お友達も沢山できたの。今の私からカナダでの時間を取り上げないで。取り上げるなら、今すぐに死んでやる~」

と、台所に行き包丁を取り出し、刃を胸元に立て、私は泣き叫んでいた。

散々悪いことをしてきた私だけど、今まで自殺未遂だけは試みたことがなかったのに。

私はパパに手首を押さえつけられて、包丁を取り上げられた。

私は階段を駆け上がり、自分の部屋に閉じこもり、ベッドとタンスを動かし、ドアが開けられない様にして、これからどうやって自殺をするかそれだけを考え続けた。

その日の夕食も翌日の食事も全くクチにしなかった。トイレも出来るかぎり我慢して、部屋から出る機会を極限にまで減らした。

陽子さんにメールで「助けて下さい。カナダに帰りたい」と送り続けた。

後でパパに聞いたことだが、陽子さんはパパと電話で話して

「まずは心療内科の先生と話し合い、カナダ留学を継続する道を模索して下さい。今の美紅さんのままカナダ留学を断念することが美紅さんの治療に繋がるとは思えない」

と陽子さんが言ってくれたそうだ。

部屋から出てこない私をよそに、パパとママは心療内科に何回も出向き、カウス先生と話し合いを持ち、カウス先生は

「アウペルガー症候群は、風邪を治すために風邪薬を服用して治療する様なことが出来ません。美紅さんには、感覚過敏を抑えるために気分安定薬を処方しますから、カナダでの生活がそれほどに楽しんでおられるならば、留学を継続させてあげましょう。但し、カナダでのホストファミリーには事実を伝え、サポートをお願いしている日本人スタッフには、私医師からの指導通りに美紅さんと接してくれることが条件です。英語で診断書を作成しますので、何かあった時にカナダの医師に見せられる様にお持ち下さい」

と言われたらしい。

本来は、3週間後にカナダに戻る予定だったのだが、さらに3週間遅れて私はカナダに帰ることを許してもらえた。その間、パパはほぼ毎日陽子さんに国際電話をかけて、美紅がカナダに帰れる様に、話合いを持ってくれたと聞いた。


日本に帰って6週間が経ち、私はもう一度JAL18便に搭乗している。バンクーバー国際空港に到着し、前回の渡航時と同じ作業を繰り返し、スーツケースを乗せたカートを押しながらEXITを出たところで、陽子さんが満面の笑顔で私に手を振ってくれている。

私は、その場にカートを置き去りにして陽子さんに向かって駆け寄り、泣きながら陽子さんに抱きついた。陽子さんを見たら、彼女も同じ様に泣いていた。

「美紅、これからは何一つ諦めないわよ。あなたがやりたいことを全てカナダでやればいいわ。私がその願いを全部叶えてあげる」

と、陽子さんはいつもの様にウインクをして見せてくれた。

まるでデジャブを見ている様で、「世界がこの手に収まるまで、私は生きていこう」と、心の中でおまじないの様にその言葉を繰り返したら、本当に出来る様な気がしてきた。

きっとホストファミリーも陽子さんから私の障害のことを聞かされただろう。けれどマッケイファミリーは以前と何も変わらず優しく私を受け入れてくれた。

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