第11話; 私のホストファミリー
車に乗ると、陽子さんがさっき言っていた通り、もう日本語はどこからも聞こえない。
ホストママが色々と話しかけてくれるけれど、喋るのが早すぎて何を言っているのか全く分からない。私が困った顔でもしていたのか、ホストママは
「Are you tired? 疲れている?」
「Are you hungry? お腹は減っていない?」
「Are you sleepy? 眠たい?」
と私にでも通じる程度の英単語を並べ、私と会話をしようと努力をしてくれている。
その上、お腹をポンポンと叩いて、お腹が減ったジェスチャーをしたり、目をこすりあくびをして眠たいジェスチャーをしたり、何とか私に通じる様に努力をしてくれているのが伝わってくる。どうやらとても良い人の様だ。
ホストファミリーの家に到着した。
凄い! 凄くお洒落な豪邸だ。家を見て思い出した。渡航前に受け取っていたホストファミリーのプロフィールには、パパがエアカナダのパイロットと書かれていたことを思い出した。
私は家の中に招き入れられ、室内はアメリカの映画に出て来る様なリビング、ファミリールーム(TVルーム)、キッチン、ダイニング、デン(書斎)など、1階だけで何部屋あるのだろうか。
リビングにもファミリールームにも暖炉があり、サンタさんはどっちの暖炉から入ってくれば良いのだろうか? 私はそんなことが気になった。
ホストパパは、今日はお仕事がお休みらしく家に居た。ホストパパは、私の重いスーツケースを持ち上げて、「It is a really heavy luggage. 本当に重いスーツケースだね」と苦笑いしながら二階の私が使うらしい部屋まで運んでくれた。
ホストママは、私にも理解できる様にゆっくりと英語を話してくれる。なんとなくしか分からないが、
「二人の成人した息子のうち長男は結婚して家を出ているけど、次男は一緒に暮らしているから、美紅と同じフロアで生活しない様に、次男の寝室はベースメント(地下)に移動したので、安心して頂戴」
と言われた。
地下???って思っていたら、ママが私をベースメントに連れて行ってくれた。階段を下りていくと、地下室なんて嘘よと思えるシアタールームがあって、ビリヤードテーブルの部屋があって、フィットネスクラブでしか見たことがない様なスポーツ器具が並べられたフィットネスルームまで完備されていた。地下室だけで100平米はありそうだ。それに各部屋には半窓があり、しっかりと地上からの光が入ってくる。
バンクーバー国際空港から語学学校に向かうバスの中で、陽子さんが私に
「あなたのホストファミリーは娘さんがいないので、本当の娘の様に可愛がってくれるわよ!」
とウインクをしながら、言ってくれたことを思い出した。
ホストママから
「unpack your luggage 荷物を片付けなさい」と言われたので、私はスーツケースを開けて荷物の整理を始めた。
9時間も飛行機に乗ってきたけれど、興奮し過ぎて疲れなど全く感じられない。2時間くらい片付けをしていただろうか、ドアがノックされ、ドアが開けられた。
「Miku, Supper is ready. 美紅、夕食の準備が出来たわよ」
と言われる。
Supperって何? 夕食のこと? 夕食ってDinner じゃないの? と思いながら、ママについて下りていくと、さっきまでいなかった次男もキッチンテーブルに腰かけている。
カッコ良いじゃんと思っていると、ママが
「次男のデイビッドは婚約しているのよ」
と教えてくれた。
なんだ残念と思ったけれど、私は一人っ子だからずっとお兄ちゃんが欲しいと思っていたので、いきなり白人のイケメンのお兄ちゃんが出来て、嬉しすぎて今夜は眠れそうにない。
Mackey Family(マッケイファミリー)に私と言う新しい家族が増え、キッチンテーブルには4人が座り、ホストパパが食前のお祈りを始めた。
そういえば、ホストファミリーのプロフィールには、宗教の欄にクリスチャンと書かれていたことも思い出した。
ホストママが小さな声で、「Just close your eyes. 目を閉じていればいいのよ」と言うので、無宗教の家で育った私は、お祈りが終わるまで目を閉じて待つことにした。
「Amen アーメン」
と聞いたことがある言葉が聞こえたので、目を開けると、3人も目を開けフォークとナイフを手にし始めた。
ママは私を見て、
「Have yourself . どうぞ召し上がれ」
と言うので、食べてよいのねと思い、使い慣れないフォークとナイフを私も手にしてみた。
今日のメニューは、サーモンのオーブン焼き、マッシュドポテト、アスパラガスのガーリック焼き、サラダ。どれを食べてみてもとても美味しい。日本と大きく違うことは、それぞれのおかずが大きなお皿に盛り付けられていて、自分の食べたい分だけ自分のお皿に取り分けて食べることだ。お米はない。お米の代わりが、このマッシュドポテトなのだろうか?
英語でなんてとても聞けないけれど、いつか英語が話せる様になったら、マッシュドポテトの上にかかっているこの茶色いソース(グレイビーソース)の作り方をホストママに教えてもらおう。いつか日本のパパとママにも食べさせてあげたいと思うほどに絶品だった。
カナダに到着したのは金曜日。学校は月曜日からだ。
陽子さんがオリエンテーションで、「土日を使ってゆっくり体を休めて下さい。時差に体を慣らすためには、ホームスティ先に到着しても疲れているからという理由でお昼寝はしないで、夜になってから寝る様にして下さい。お昼寝をすると、夜寝られなくなり時差に体を合わすのに時間がかかってしまいます」
と言っていた。
私はホームスティ先に着いてから見るもの聞くもの嬉しすぎて、お昼寝をしたいなど思うはずもなく過ごしたので、夕食を終え、夕食の片付けを手伝い、お風呂に入ってベッドに入ったのは夜の10時。いつ眠りについたのか記憶がないくらいに直ぐに眠りに落ち、目覚めたのは翌朝の11時だった。11時という時計が視界に入り、私はベッドから飛び起き、急いで一階に駆け下りたら、ホストママが
「疲れているだろうから起きてくるのは午後かと思っていたのよ」
と言うので、
「熟睡したので、もう元気一杯です」
と言いたいのだけれど、英語でどう言うのだろうかと考えながらクチに出来たのは
「I’m OK.」だけだった。
学校に登校後、他の生徒たちから聞いた話では、ホストファミリーに日本語が通じないので間が持たず、お昼寝して時間を費やしたので、夜に全く眠れなくて時差に体が慣れるのに1週間はかかったらしい。
「Mikuが起きてきたのなら、ブランチにしましょう」
とホストママはそう言って、パンケーキを作り始めた。
ママの「Branch is ready. ブランチの準備が出来たわよ」、の呼びかけでパパもデイビッドもキッチンにやってきた。
既にシャワーを浴び終えて、みんなスッキリしているのに、私だけが寝ぐせにジャージの上下で、なんだかみすぼらしい。
テーブルに並んだブランチは、山積みのパンケーキ、大きなボールに入ったウィッピングクリーム(生クリーム)、季節的に秋だったので冷凍されたストロベリーやブルベリーが入ったガラスのボール、ベーコンとスクランブルエッグ、オレンジジュースにミルク。
なんて素敵な朝食なのと思っていたら、今日も昨日と同じ様にお祈りが始まった。
月曜日に登校した時に陽子さんに
「英語でいただきますとご馳走様って、何と言えば良いですか?」
と尋ねたら、
「英語でいただきますとご馳走様の単語はない」
と言われた。
「あえて、『いただきます』を英語になおすとしたら、クリスチャンの家庭ならアーメンかもね」
と教えられた。
アーメンは神様に捧げる言葉だと言うことぐらいは私でも知っている。けれど、確かにアーメンを切掛けに家族は食事を始める様子を見ていたら、アーメンが「いただきます」の言葉の様に聞こえてきた。
私は自分のお皿にパンケーキを1枚乗せて、ベリーズ、生クリームを少しかけて食べ始め様としたら、パパとママ、デイビッドのお皿にはパンケーキが4~5枚重ねて盛られていて、その上にタワーの様にどっぷりと生クリームが盛られ、そのまた上にチョコレートシロップとメイプルシロップがどっぷりとかけられている。
留学雑誌に良く帰国生が書いたコメントが掲載されているが、北米に留学した女子たちのコメントに留学中に体重が10キロ増えたなどと書かれているが、これが原因かとすぐに想像ができた。そうならない様に、気をつけなくてはと思ったけれど、一口食べたら美味しすぎて、結局私もパンケーキを4枚たいらげてしまった。
「Yokoから頼まれているから、今日はMikuのバスの定期を今から買いに出かけましょう」
とママに言われ、ブランチの片付けが終わったら、ママの車に乗って近所のモールに出かけることになった。
ママから
「シャワーを浴びたの?」
と聞かれたので、
「私は寝る前にお風呂に入るから」
と答えると
「オーノー、女の子なのだから出かける前にシャワーを浴びて綺麗に身づくろいをしなさい」
的なことを言われた。
マッケイファミリーの家には、お風呂が5つ、トイレが4つある。パパとママのマスターベッドルームに、お風呂とシャワールームとトイレがあるらしい。お風呂があるのに、それとは別にシャワールームもある意味が分からない。私用、つまりゲストルームにはゲスト専用のシャワー付き風呂とトイレがあり、ベースメントにもシャワー付き風呂とトイレ、1階にはシャワールームとトイレがある。
私は慣れない朝の(時間は既に午後になっていたが)シャワーを浴びて、着替えをしてママの車に乗った。
マッケイファミリーの家には、車が3台ある。日産のセダンがパパので、クライラーのバンがママので、フォードのスポーツカーがデイビットのだ。カナダでは、大人の数だけ車を所有している家庭が多いと聞いた。
後に陽子さんが教えてくれたことだが、裕福なカナダ人は駅に近い家は治安が良くないので購入しないらしい。高級住宅街は、大抵駅から遠いところに作られるらしい。
マッケイファミリーのご近所はどう見ても高級住宅街だ。バス停までは徒歩10分、学校がある駅前まではバスで約30分なので悪くないと思ったが、バスの数がやたらと少ない。終着駅からホームスティ先に向かうルートの最終のバスは夜の10時だと言う。日本では10時前に家に帰ったことがない生活をしていた私は、どうやって家に帰れば良いのかと不安に思ったけれど、ホストママが
「遅くなる時は迎えに行くから必ず電話をかけてきなさい。高校生の門限はカナダでは普通9時頃よ。10時のバスに乗ろうなんて怖すぎて私には出来ないわ」
と言われた。
私の日本での門限は何時だっけ? 12時過ぎても遊んでいたけど、私から電話をかけることはなかったが、12時を過ぎたら必ずママから早く帰りなさいと連絡が入った。中学の時の親友のリサはそれを見て、羨ましいといつも言っていたことを思い出した。
そういえば、リサには門限などなかった。お母さんは夜働いているし、いつも一人でご飯を食べている鍵っ子に門限なんてあるわけないか、ふっとリサの顔が浮かんだ。リサは私がカナダ留学に行くと言った時に、
「馬鹿じゃないの。私達みたいなクズが留学なんかして何が変わるのよ」
と言ったけれど、リサは行きたくてもリサのママにはリサを留学に出してあげられるお金などないことに、今やっと気が付いた。
日本に住んでいた時には私ほど不幸な人間はいないと思って生きてきたけれど、私はもしかしたら幸せなのかもしれない。こんな感情を持ったことさえ、私にとっては初めての経験だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます