第10話; ここはカナダ

ここはカナダ。

JAL18便を利用した私達は約9時間のフライトを終えて、無事にバンクーバー国際空港に到着した。

留学の申込をしたのは私だけでなく、短期間の申込をした子もいれば、私の様に長期間のプランで申込をした子もいたが、同じ通信制高校から10名の生徒が同じ飛行機に乗って渡航した。

無事に入国の手続きを終え、カートに荷物を積んでEXIT(出口)と書かれたゲートを超えた先に、私達の高校の名前が書かれたウェルカムボードを持っている人の姿が見えた。

私は、あっあの人だと直ぐに気が付くことが出来た。

入学式の時にステージ上で、「英語さえできれば、世界は君たちの手の中に収めた様なものです」言った人が私を待ってくれている。

その人は、私達に「こんにちは!」と元気良く声をかけてくれた。

「私が今日から皆さんのお世話をする岡村陽子です。宜しくね!」

と挨拶をしてくれたが、誰も何も言わないので、なんだか私だけ挨拶するのも恥ずかしくて、何も言い返すことが出来なかった。でも心の中では、やっとこの人に再会することが出来た喜びで満ち溢れていた。

私達は、アメリカの映画で観たことがある黄色い送迎用のスクールバスに乗り込み、これから通うことになる語学学校へと向かった。

道中、車窓から見える景色を岡村さんは私達に向けて声を張り上げて説明してくれている。

バンクーバー国際空港を出てすぐのところに、五輪のマークと一緒にWelcome to Canada と書かれた大きな広告塔が目に飛び込んできた。

「来年の2010年冬季オリンピックは、ここバンクーバーで行われるから。君たちがその時までバンクーバーで勉強しているなら、君たちの留学地で、一緒にオリンピックを見に行きましょう」

と岡村さんが言った。

私は高校を卒業するまでカナダにいる決意で留学に来たので、この時岡村さんの言葉を聞いて、

「私は絶対にバンクーバーでオリンピックを見に行く!」

と決意し胸の中が熱くなった。16年間生きてきて、心がこんなに熱くなる経験は初めてのことだった。

私達を乗せたバスは、バンクーバー国際空港から車で約30分、これから毎日通うことになるサレー市にある語学学校に到着した。

どうやらこれから、学校でオリエンテーションが行われる様だ。

私達新入生10名は、1つの部屋に集められ、岡村さん以外の2名の日本人スタッフからも挨拶を受け、オリエンテーションは日本語で行ってもらえた。

「みんな、ようこそカナダへ! とっても疲れていると思うので、急いでオリエンテーションをやってしまうね。まもなくしたら、みんなのホストファミリーがあなたたちのお迎えにみえます。ホストファミリーの車に乗ってからは、月曜日に登校するまで、日本語を聞くことはないし、日本語はまったく通じません。いよいよ君たちの留学生活の始まりです」

もうすぐ私のホストファミリーとの対面かと思い、ドキドキしながら岡村さんの説明を聞いていたけれど、今日同じ飛行機に乗ってやって来た子たちは、岡村さんの話など全く聞いてはいない。

必死に手鏡をのぞき込みメイクをなおしている子もいれば、ずっとペチャクチャ話している子もいて、うるさいなと思っていたら、一緒に飛行機に搭乗した私達新入生で唯一の男子生徒のノブが急に立ち上がり

「みなさん静かにして下さい。先生が一生懸命にお話しなっておられるじゃないですか!」と大きな声で発言した。

一瞬、教室内は静まりかえったが、女子生徒のお喋りは再び始まった。単に話題が、ノブに対しての悪口に変わっただけだ。

「なに、あいつ。うざくない?」

みたいに。

ノブの一つ前の席に座っていた私でも聞こえているのだから、ノブに聞こえていないわけがない。

オリエンテーションでは、岡村さんがこんなことを教えてくれた。

「カナダでは、苗字で人を呼びません。親しみをこめて、名前で呼ぶことが多いのよ。

カナダ人の高校生が通っている現地の高校(現地校)では、先生のことをティーチャーとは呼びません。現地校の場合は先生を苗字で呼びます。例えば、私であればミセスオカムラと呼ばれるわけ。語学学校では、先生のことを名前で呼びます。例えば、アリスとかバーバラとか。その習慣から言うと、私の場合だとヨウコと呼ばれるわけだけど、さすがに君たちからヨウコと呼ばれるのは抵抗があるので、私のことは陽子さんと呼んで下さい」

その話を聞いて、ノブが手をあげた。

「ホストマザーのことは何って呼べば良いですか?」

ナイスな質問だ。私も今聞きたいと思っていたところだ。でも手をあげる勇気はない。

「Good Question, Nobu!」

陽子さんは手を叩いて、拍手をノブに送る。私も同じ質問をしたかったのに、少しくやしかった。

「例えば、ホストマザーの名前がバーバラだとしたら、バーバラと呼んでもいいし、ホストマザーでもマザーと呼んでもいいわよ。しかし、君たちには日本に本当のお父さんとお母さんがいるのだから、気を使ってファーザー、マザーと呼ぶ必要はないわ。大体、ファーザー、マザーなんてカナダ人も呼ばないから。君たちのホームスティ先にホストブラザーとシスターがいるならば、彼らはお父さんをDadダッド、お母さんをMomマムと呼んでいるから、そう呼びたいならそう呼んでもいいわよ」

と教えてくれた。

オリエンテーションが終わる頃にそれぞれのホストファミリーが到着した様で、日本人スタッフがお迎えに来た生徒の順に名前を呼んでいる。

私の名前が呼ばれ、部屋から出ようとした瞬間にチラッとノブに視線を向けると、ノブのやつ、自分で自分の頬を拳骨で殴りつけている。なんなのよこいつと思ったが、私はノブを見ない振りをして部屋を後にした。

「Are you Miku? I’m Alice, your host mother. あなたが美紅? 私はあなたのホストマザーのアリスよ。」

「Yes, I am. Nice to meet you. はい、私が美紅です。お会いできて嬉しいです」

あんなに自己紹介の練習をしてきたのに、あまりの緊張で声が裏返り、これだけを言うので精一杯だった。

ホストママのアリスは、いきなり私にハグをしてきた。そして重いスーツケースのハンドルを握りながら、

「Miku, Let’s go home. See you, Yoko. さあ美紅行きましょう。陽子またね」

と言ってさっさと歩きだした。私は陽子さんに

「行ってきます」

とぺこりと頭を下げて挨拶をし、ホストママの後を追いかけた。

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