第9話; 私、本気留学します!

 留学説明会で受け取ったバンクーバーサポート校のパンフレットを持って帰り、パパのご機嫌をうかがいながら、

「美紅カナダに留学したいんだけど」

と打ち明けてみた。

パパは、パンフレットの中に挟まれている料金表を見て、

「ママもこっちに来て見てごらんなさい」

と、前向きに美紅の話を聞こうとしてくれた。

「美紅、留学に行きたいと言うけど、君は小学校も中学校もまともに行っていないのに、日本で出来なかったことが海外に行って出来るとはパパは思えないけどね」

と、賛成をしている様子でもなかった。

「美紅は小学校も中学校も行ってないけど、英語は誰も出来ないから、美紅でも同じスタートラインに立てると思うの。お願い、絶対に頑張るから留学させて」

と、今までパパとママに何かをお願いしたことなどなかった私が、今回だけは引き下がらずに必至に頼み込んだ。

パパもママも入学式に出席していたので、入学した通信制高校にはカナダにサポート校があることを知っていたので、機会があれば、一ケ月ほどの短期留学ならば行かせてやってもと考えてくれていた様だった。

パパは、パンフレットの名刺フォルダーにはめられた名刺を取り出し、

「この人に連絡を入れ、詳しい内容を聞いてから、また3人で話をしよう」

と言ってくれた。


 話はとんとん拍子に進み、パパとママは一ケ月の短期留学で申込を考えていた様だが、私は「高校を卒業するまでカナダにいる」と、中途半端な気持ちでない意思を示した。

本当の理由は、一ケ月で日本に帰ると不良仲間もやくざも私を放っておくはずがないことを私は知っていたからだ。

パパとママの不安をよそに、長期間の留学を希望する私に、代理店の人が

「学生ビザを取得して、まずは短期間の留学の準備を致しましょう。渡航後、美紅さんが毎日学校に登校が出来、学習にも励むことが出来るのなら、渡航前に学生ビザさえ所持していれば、渡航後に学生ビザの延長はカナダ国内で出来るので留学の延長も可能です」

と、親と私の両方が納得できる方法を提案してくれた。

9月からカナダ留学をすることが決まった私に、代理店の女性から

「英語が出来なくても留学はしても構わないけど、留学を決めた人が英語の準備をしないで渡航することは駄目です」

と強く言われ、その人の勧めもあって、私は全く開いたことがなかった、中学一年生、二年生、三年生の時に学校から渡された英語の教科書から勉強を始めた。

もともと勉強が好きな私は、知らない英単語を単語帳に書き写し、代理店の人が勧めてくれた日本語で書かれた文法書を読んで英文法を学び、出発する9月までに中学一年から三年生の教科書に書かれている英単語を覚えて、中学生レベルの文法は理解し、もう少し難しい高校生レベルの英文法書を買い揃えた。

渡航準備を整えた私は、予定通りにカナダ留学に向かう予定だった。


 私がカナダに留学をすることを知った中学時代に付き合っていた不良達から、毎夜毎夜電話で呼び出された。私が電話に出ると、

「留学するんだって? 何夢なんか見てんだよ。お前一人だけ成功させるかよ」

と言って、家から出て来いと散々脅された。多分あの時、家を出てあいつらに会いに行っていたら、私はどこかで監禁され留学の出発日まで解放をしてもらえなかっただろう。

独りぼっちが寂しいからつるんではいるが、仲間が自分だけを置いて幸せになることなど決して許してくれる奴らではない。私もほんの少し前まで、同じ穴の貉だったのだから、奴らの気持ちは十分に理解が出来る。

このチャンス(機会)を逃したら私は絶対に幸せになれない。

パパとママに

「助けて。あいつらに殺される」

と泣き叫んだら、

「出発の1週間前から成田空港近くのホテルにママと一緒に泊まりましょう」

と言って、私をホテルに連れ出してくれた。

一度ここまで身を落とすと、留学に行くことさえこれほどに難しいことをその時まだ16歳だった私は、自分の身を挺して学んだのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る