第8話;「英語が出来れば世界が手に入る」とあの人が言った

通信制高校に入学した私は、パパとママと一緒に入学式に出席した。

入学式の席では、ステージ上で理事長という人が、

「日本一の通信制高校に成長させたい。君たちが胸を張って我が校卒であることを言える高校にしたい」と、熱弁をふるっていた。

パパとママは熱心に聞いていたが、私は早く終われよクソジジイと心の中で毒づいていた。

退屈な来賓の祝辞が続いた後、ある女性がステージに登場した。

「入学おめでとうございます。君たちが入学したこの通信制高校は、カナダのバンクーバーにサテライト教室と呼ばれるサポート校があります。日本のキャンパスで就学しても良いし、カナダキャンパスで就学しても良いのですよ。英語は世界共通語です。英語さえできれば、世界は君たちの手の中に収めた様なものです」

と、その女性は語った。

通信制高校には、学習支援を行うサポート校制度がある。通信制高校のサポート校とは、通信制高校に通う生徒が3年間で卒業できるように、単位取得や進級ができる様に支援を行う民間の教育施設のことであり、この民間の教育施設に多いのが、地域に根づいている塾だ。

多くの通信制高校には、通学コースと在宅コース(名称は学校により様々だ)がある。在宅コースを選んだ高校生は、インターネットを利用して家で授業が受けられるが、ずっと家に引きこもっているのではなく、入学した通信制高校が提携を結んでいるサポート校と呼ばれる地域の塾に行けば、学習支援を受けることが出来る。

地域の塾、その小さなコミュニティに参加することで、子供達が外に出る機会となり、学習支援が受けられることが期待されている。サポート校は、フリースクールの役割にも似ている。

私が入学した通信制高校は、海外にもこのサポート校制度を取り入れてくれる日本の塾に代わる教育施設を探したのだ。

それは語学学校だった。語学学校とは、通常は外国人が語学を学ぶ為に運営している専門学校だが、その語学学校は通信制高校のサポート校運営も兼用していると言うわけだ。

私はこの日から「英語さえ出来れば、世界は私の手の中に入る」という言葉が頭から離れなくなった。その時の私は、真剣に「世界を手に入れたい」と思ったのだ。

通学コースと在宅コースを選択できる理由で入学した通信制高校だったが、入学前は在宅コースを選ぶつもりでいたが、バンクーバーサポート校に行く方法を知りたいがためだけに通学コースを選ぶことにした。

通学コースと言っても、履修する教科数によって授業数は変動するが、私が一年で履修登録をした単位の授業数だと週3日だけ学校に行けばよかった。

通信制高校に入学して初めて知ったことだが、通信制高校には、全日制の高校の様に定められた何年何組の教室はない。履修した教科の教室に自分で移動して授業を受けるので、受けるクラスによってクラスメートが変わる。

先生は、「通信制高校のシステムは大学と同じです」と言うけれど、大学に行ったことがない私にはよく分からなかったが、いつも苛められていた私にとっての一番の地獄は、逃げ場のない何年何組の教室に留まっていなければいけないことだったので、苦手と思う子と同じクラスにならない様に考え、次の学期の履修教科が決められるこの通信制高校の制度は夢の様だった。

せめて中学の時にこの制度があれば、私は学校から逃げずにすんだのかもしれないと思った。


通信制高校では、卒業までに74単位を取得すれば良いので単位制高校とも呼ばれている。簡単に言えば、学年生ではなく単位制なのだ。ということで、履修する教科の教室のクラスメートは高校1年生の子もいれば2年生、3年生の子もいた。

私の様に中学校を卒業して専願で通信制高校に入学する子は珍しいらしい。

私と同じ様に、中学卒業後すぐにこの通信制高校に入学した子は、校内でまだ数名としか出会っていない。彼女達は、私とは全く異なる真面目ちゃんタイプの生徒だ。聞かなくたって分かるよ。きっと苛めに合い、不登校だったんだよね、あんたたちも。クラスメートのド派手な女子、チャラそうな男子はみんな年上だった。彼らは全員、全日制の高校から退学になり、この通信制高校に転校してきたのだ。


入学式で「英語さえできれば、世界は君たちの手の中に収めた様なものです」と語った女性にもう一度会うためにだけに通学コースに変え学校に通い出したが、誰からもどこからもバンクーバーサポート校の話を聞くことはなかった。

誰に聞けば良いのかと過ごしていると、掲示板に留学説明会が6月に実施されるので、参加希望者は英語の先生に申し出る様にと書かれていた。

留学するなんて、今の今まで考えたこともない。留学という言葉だけで外国語とさえ感じてしまう私だったが、英語の先生が授業中に、

「この留学説明会に参加した生徒は、特別活動2時間として認定します」

とアナウンスしたので、本当は誰に止められても参加したかったのだが、カッコをつけて「特別活動に行くのは面倒だから、この説明会で2時間稼ぐわ」

ともっともらしい言い訳をしながら私は留学説明会に参加した。

通信制高校では、卒業に必要な条件として、特別活動30単位時間に参加することと定められている。留学説明会に参加する生徒を増やすための手段として、学校はこの説明会を特別活動の一環に取り入れたのだろう。

留学説明会には、この前の入学式のステージで話をしてくれた女性は来ていなかった。

勇気を出して先生に聞いてみると、

「入学式で話をした女性は、バンクーバーサポート校で働いている女性スタッフで、今日の説明会では請負をしている代理店の人が説明します」

と言われた。

あの女性に会うには、カナダに行くしか方法はない様だ。

留学説明会で聞いた話は次の様なものだった。

私は、在籍する通信制高校の生徒としてカナダの語学学校に行き、1日4時限英語の勉強をして、1時限通信制高校でやるべきレポートや放送視聴と呼ばれる課題を行う。

カナダでの留学期間は在籍期間として認定され、カナダで作成するレポートも在籍する通信制高校で採点がなされ単位として認定される。カナダキャンパスでも毎月特別活動を実施しているので、それに参加すれば特別活動の単位も認定される。

異なることは、家からの通学が、ホームスティからの通学に変わることですと説明を受けた。要するに、パパとママと一緒に住む家からは出ていかなければいけないが、外国で英語を勉強しながら、日本の高校卒業資格が取れると言っていることだけは理解できた。

「私は、英語は全くできないのですが、それでも大丈夫ですか?」

と誰かがナイスな質問をしてくれた。

「英語が出来る子は留学する必要はないので、最初は誰もが英語は出来ませんから大丈夫です」

という回答だった。

高校に入って、やくざとの関係を切る方法を探していた私にとって、留学が唯一やくざから逃げられる方法の様に思えた。

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