第十話 レジリエンス
翌朝、チェックアウトぎりぎりまで寝ていて、あやうく朝ご飯を食べ損ないそうになった。
食後、急いでチェックアウトの用意をしていると「海が見たい!」彼女が突然叫んだ。
その言葉で山奥の温泉宿から、急遽、僕らは海に向かって旅立っていくことになった。どうせ、宛てのない旅だし「海が見られるなら、どこでもいいから……」そんな彼女の気まぐれに付き合うことになった。
何本もの乗り物を乗り継いで、海へ海へと目指して進む。
途中の電車の中で、昨夜の疲れが出たのか? 僕の方にもたれて彼女が気持ち良さそうに眠っていた。
その安心しきった寝顔がやけに愛おしく、心も身体も繋がりあった男女の馴れ合いともいえる安心感がそこあった。
「愛とか……恋とか……」
眠っていると思った彼女が突然しゃべり出した。
「……ん?」
「人はよく口にするけど、頭の中で考えた『 愛 』と生身の身体でする『 恋 』は違うのよ」
「うん」
「愛は好きだと感じる感情であって、それは自然でも動物でも感じることができる」
「確かにそうだね」
「だけど恋は相手を自分のテリトリーに受け入れられるかどうかの問題なの」
「そう?」
「頭では好きでも身体が拒否してしまう人がいる。生理的に嫌悪してしまう人とは相手がどんなに立派な人でも、女はセックスなんか出来ない。あの雨の日に逢ってすぐに抱かれた、わたしを軽い女だと思ったでしょう? でも違うのよ。わたしはあなたの全てを受け入れたいと思ったから付いて行ったの」
「……そっか、嬉しいなぁー」
今さらの告白になんだか面痒いもの感じながら、それは相性が良いってことだと思った。
「初めて会った時、わたしと同じ空気を感じた。どこか寂しそうだった」
「僕が?」
「捨てられた仔犬みたいな目をしてた」
まるで可哀相な人みたいな言われ方だ。
「大人が寂しいとか、それは弱さでしょう」
「違うよ。弱さとかじゃなくて……誰かにきちんと愛して貰っていたら寂しさは感じない」
「僕は誰にも愛されていないと?」
「わたしもそう。だから似た者同士」
「恋人とか家族とか僕には必要ないと思ってる」
「縛られるのが嫌い?」
「たぶんそう」
「だけど……自分の根っこを誰かに握って貰っていたら、すごく安心できる」
「君には根っこを握ってくれる人がいるじゃないか」
僕と違って帰りを待っている人がいるくせに――。
「……あの人じゃないの」
いったい僕に何を期待しているんだ?
セックス以外で君を満足させられるものなんか、僕は持っていない。ふたりの関係に恋愛の要素を嵌めこんだら、後々傷つくことは目に見えている。
君は何を求めている?
真実なんて誰にも分からないし、それを知ったからといって何かが変わるわけでもない。
日々、自分を脱ぎ捨てて生まれ変わりたいなんて思っちゃいない。ただ流されるように惰性で生きていければいいんだ。日々是平穏無事、これに勝る幸福はない。
二度と弱い自分に流されたくない。
【 レジリエンス 】
誰かの溜息で
紅く染まった紅葉
風に巻き散らされて
紅い絨毯が敷き詰められた
一歩 歩む度に
カサッ カサッ
と、小さな悲鳴を上げる
その一枚を拾って
空に翳してみれば
紅い残像が
瞼の裏に焼きついた
季節を追うと
遠くへ 遠くへと
逃げていってしまうから
この寂しさは
何処へ捨てにいこうか
静謐な秋の日に
掌の中で光を放つ
朱色の実が甘く熟れてゆく
季節はいく度も再生しながら
真っ白に純化する
気持ちひとつで
寒い季節も越えていけると
折れない心
拳を握り
空を見上げて
雲の行方は風に訊けばいい
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