第八話 月詠みの女
「ねぇー、ここ露天風呂があるんだってぇー」
「そう」
「ふたりで入ろうよ」
「えっ? まずいよー、誰か入って来たらどうするのさ」
「大丈夫だって! 泊り客はわたしたちだけみたいだし」
「そうかなぁー」
「さっき売店のおばさんが『 清掃中 』の札を掛けといたら、家族風呂として使えるって言ってた」
「売店でそんなことまで訊いたのか」
「はい。これがおばさんのスキルでーす」
外はすっかり日が暮れて、夜の帳が降りていた。ランプ灯りしかないこんな暗闇じゃあ、誰にも姿が見えないだろう。
「じゃあ、一緒にお風呂に入ろうか?」
「うんうん、行こう、行こう!」
嬉しそうにはしゃいで、僕の腕を取って露天風呂の方へ引っぱっていこうとする。
まったくもうぉー、子どもみたいな女なんだから――。
温泉の脱衣所で素っ裸になった僕たち。露天風呂に出るドアを開けると冷たい秋の風が身体中を撫でた。ブルルッと震えて、慌てて湯船に飛び込んだ。
そして乳白色の柔らかなお湯に手足を伸ばしてゆったリと浸かる。じんわり身体中に浸み込むような温泉のお湯の温かさ。
女と風呂に入るなんて久しぶりだった。
心のセキュリティーの固いこの僕は、親しくなった女ともあまり馴れ馴れしくしないし、させない主義だから……それなのに彼女ときたら、どかどかと僕の境界線へ踏み込んでくる。そして、いつの間にか彼女のペースになってしまった。
――強引だけど、なぜか拒絶できない不思議なオーラを放っている。
「えいっ」
いきなり彼女が、湯船に浸かっている僕にお湯をかけた。
「こらっ!」
「あはははっ」
「しかえしー」
ザバッとお湯を彼女にかけたら……
「ああ! 髪がびちょびちょー、もぉー!」
怒りながら笑っていた。
自分が先にお湯をかけたくせに……子どもみたいに僕らは露天風呂でじゃれあっていた。
ふたりを照らすのは月の光とランプの灯りだけ。仄暗い光が彼女の裸体を白く浮かびあがらせていた。
――それは幻想的な美しさ。
湯船の中の彼女の身体を引き寄せて優しくキスをした。
「今宵の君は僕のもの……」
恥かし気もなく、そんな言葉を口にしていた。
【 月詠み 】
◇ 赤い月 ◇
男の背中ニ 爪ヲ立て
傷口から滴ル血で
夜の月ヲ 赤く染めル
背徳の赤い月ヲ見てはイケナイ
月の狂気が わたしヲ惑わス
『 愛は全てを奪うこと 』
熱く滾ル 生命の水ヲ
この身ニ注ぎ込ンデおくレ
◇ 青い月 ◇
青白き月の夜
交ざり合えない『 コトバ 』は
ため息になって消えていく
封印された『 コトバ 』が
月の雫に融けていく
哀しみの月姫
玲瓏なる青き月の光よ
その冷たい横顔は
千の夜の孤独を越え
ひとり天上を目指し昇りゆく
◇ 蒼い月 ◇
漆黒の闇の中
蒼い月が出ましたら
魔女の化身
黒猫は月に嗤う
今宵 愛しい男に
呪いをかけませう
あなたを誰にも渡さない
逃さない
どんなに足掻いても
後戻りはさせないわ
月夜の接吻は
何故か血の味がした
星屑も消え
蒼い月は水面に揺れる
魔女の化身
黒猫は月に啼く
今宵
疵つけ合うように求めあう
あなたを恋い慕う
この熱情は狂気となり
闇を引き裂き
無限地獄へ堕ちていく
愛の刻印
背中に深い爪痕を遺します
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