第七話 ランプの宿

山間を深く分け入って、やがてふたりの乗ったバスは終点のバス停に到着した。

そこは見渡す限りのすすきの原だった、少し冷たい秋の風がすすきの穂を揺らしていく……ひとっこ独りいない荒涼としたすすきの原で、ふたりは抱きあって長いキスをした。

抑えていた激情を解き放つように、強く抱き合って互いの唇を求め合った。

――そして世界は、ふたりのために時を止めた。



  【 Kiss 】


Kiss……

ふたりの

熱い吐息が

重なって

求め合う唇

ふたりの呼吸は

ひとつになり

鼓動が時を刻む

甘い蜜のような

官能に

身も心も融けていく

この愛が

永遠に続くように

ふたりの

Kissは終わらない



山深く木々は紅葉し始めようとしていた。山道の脇を流れる渓流から水音が聴こえる。時おり鳥の鳴き声もする。それ以外の音がない。都会の喧騒から逃れて、ここは別世界のようだ。

渓谷沿いにぽつんと建った一軒宿、古く趣きのある木造二階建の日本家屋、夜になればランプの灯りだけで部屋を照らす、ここが目的の『 ランプの宿 』である。

まさに逃避行にはうってつけの宿だ。


宿に着くと、年老いた番頭さんが部屋まで案内してくれた。こじんまりした旅館で、僕らの部屋は二階の十畳ほどの和室だった。大きな窓があって山々の紅葉がよく見渡せる。

ネットで検索して予約を入れた宿だが、紅葉のシーズンだと言うのに、平日のせいか泊り客は僕らだけみたい。

彼女は通された和室の中をきょろきょろと見回って、窓から首を伸ばしの遥かな稜線を眺めていた。やがて宿の女将が挨拶にやってきて、夕食の時間を訊いていった。

夕食まで、まだ少し時間があるので彼女は売店を覗きにいくと部屋を出て行った。


隠密旅行なのにお土産を買って帰る気か? 分からん女だと呆れた。

畳の上で大の字になって寝転がっていると、にこにこしながら彼女が戻ってきた。

「売ってた! ご当地キティ」

「なぁに?」

「わたし、旅行にいくと必ずご当地キティ買うの」

猫好きの彼女はご当地キティのコレクターらしい。

「はい、これはあなたの分よ」

旅館の名の入った小さな包み紙を渡された。

「携帯ストラップなんか付けないけど……」

「お揃いのストラップなの。わたしだと思って持っててよ」

まるで女子高生みたいなことをいう。

いい年こいた大人がお揃いのキティのストラップを付けるなんて発想、僕にはありえない。

せっかくの彼女からのプレゼントを無碍に断るのも悪いと思うから、

「ありがとう」

ポケットに包み紙を突っ込んだ。


「詩人ってどんなことするのさ?」

ふと頭に浮かんだ疑問を彼女にぶつけてみた。

「えーと、所属してる同人誌に作品を発表したり、ネットで詩のサイトに投稿したりして、そこで批評しあったりする」

「へぇー」

「わたしの詩は恋愛詩が多いから評価が低い。公募にも入選できない。やっぱり戦争とか、差別とか、環境問題とか社会派でないとダメみたい。そういうのってよく分からない」

「だろうね」

「恋愛詩なら、作詞家になればって詩人仲間に言われるけど、わたしは詩というコンテンスに拘ってるの。わたしが紡いだ愛の言葉を知らない人たちが口ずさむなんて……気持ち悪いでしょ?」

「あははっ」

「詩人って変わった人が多いのよ。気分屋だし約束や時間守らないから付き合い難い」

その変わった人たちの君も仲間だという自覚がないようだ。

何気ない僕の質問に、真剣に答えようとしてくれる。詩の話になると彼女は饒舌だ。だがしかし、話が長い!

「ねえ、わたしの詩集があるんだけど要る?」

「いらない」

僕の即答に、チェッと彼女が舌打ちをした。

おやおや、詩人のプライドが傷ついた? 子どものような無邪気さと老婆のような老獪さを併せ持つ彼女は、その精神のギャップにいつも苦しんでいた。

時々、『 心の在りかが分からない 』とか意味不明なことを口走る、心の在りかっていったいなんだ? 

それって、詩人がコトバによって実体化させた感情ではないだろうか?



  【 コトバ 】


コトバが頭の中を舞っている

ふわふわと漂うように煌いて

それはジグソーパズルの1piece

寄せ集めて物語が創られる


いつも心象風景の中にいた 

本当の空の色を知らない

妄想の中で呼吸をしてたら 

自分を探せなくなっていた


鳥籠に入って鍵を閉める 

そこから恐る恐る 外を眺めていた

すべてはモノクロームの世界 

感情のえのぐで色を着けていく


昼間の月 忘れられた情熱

わたしの心にコトバが降ってきた

その1pieceを捕まえて

あなたの胸に突き立てる

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