第五話 金木犀の風

   金木犀の風

   甘き香に心酔い

   ふと立ち止まり

   懐かしき人を想う

   夕暮れの街角



――街に金木犀の風が吹く季節になった。

夏の終わりに『 猫公園 』で偶然彼女と出会ってからひと月は経つだろうか、あれから彼女は何も言って来ないし、たぶん旦那とまた上手くいっているんだろうと思っている。


あの日、『 猫公園 』で彼女と取り留めない話をしただけで別れたが……彼女を僕の部屋に誘いたい下心があったけど、普段着の彼女を拉致する勇気が僕にはなかった。

彼女は彼女の日常に帰っていく、その不文律ふぶんりつを僕の欲望で壊すことなんかできない。

僕らの関係はとてもデリケート、微妙なバランスで保たれているのだから……。



  【 綱渡り 】


わたしの中で 

オンナが疼く

あなたに

逢いたい 逢いたい

この激しい衝動を 

抑えられない


優しいあの人の 

背中に嘘をつき

そっと部屋を出て 

足早に向かう

あなたが待つ 

その場所へ


優しいあの人は 

大事な人

逢いたいあなたは 

恋しい人

どちらの愛も

捨てられない 


人を傷つけても 

愛を乞う

わたしは罪深い

オンナだけど

ここまで来て 

後戻りは出来ない


この危険な

バランスゲーム

いつか崩れて 

すべて失うだろう

その覚悟を胸に 

愛の綱渡り



彼女のことは『 女 』として愛おしい。

だけど、彼女の人生を背負い込む勇気は今のところ僕にはない――。自分のことで精一杯で彼女を支えてあげられるだけの余裕がないんだ。『 愛している 』という言葉に伴う責任から、ずっと逃げている。

愛なんか信じない、そう思って自分の感情を押し殺してきた。

これからだって、そのスタンスを変える気はないけれど……。


それでも、雨が降ったりすると彼女のことをぼんやり考えたりして、来ないかなぁーと、心の片隅で期待してしまう。

いつの頃からか、心の中で彼女の存在が大きくなった。

お互いを縛らない自由な関係は、相手を縛れない寂しさでもある。

今頃どうしてるのかな? 無邪気で危なっかしい女、そんな彼女に逢いたくなる。

逢いたいと思うほど、寂しさが募るばかり……。



   【 痛い 】


1日のうち1分でも

あなたはわたしを

想ってくれているかしら?


わたしは1日のうち

1秒としてあなたを

忘れたことはない!


そんなことを……

考えなければよかった

みじめで悲しくなった


ああ 心が痛い。

そんな自分が痛い!

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