第四話 猫になりたい
僕らの町には『 猫公園 』と呼ばれる緑地公園がある。
飼い主に捨てられた猫や野良として生まれた猫たちが餌場として集まってくる場所だ。
ボランティアの人たちが野良猫の避妊手術や生まれたばかりの仔猫の飼い主を探したりしている。通常二十、三十匹の猫たちがこの公園で餌を貰い、日向ぼっこしている。
野良猫たちに餌を与えることに関して、世間ではいろいろと賛否両論があるようだが……僕はそんなことまで言及しようとは思わない。
野良猫たちも生きている、同じ地球の生き物じゃないか?
なぜ全て人間本位の価値観で彼らを邪魔者扱いしようとする。いつから人間は神さまより偉くなったんだい?
無責任かもしれないが、ただ猫が好きだから、ベンチに座って彼らの日常を眺めていたいだけなんだ。
煮干しの袋を持っていると、足元に五、六匹猫が集まってくる。もちろんお目当ては僕じゃなくて、煮干しの方だけどね。
黒やら白やらトラやら……ばら撒いた煮干しを猫たちが夢中で食べている。
「こいつらも生きてるんだなぁー」
【 野良猫 】
猫のような男に恋をした
自由で気まぐれ屋さん
ぷいと何処かにいなくなって
いつもわたしを心配させる
まるで 野良猫みたいな男なんだ
ふいに帰って来て 泣いてるわたしに
『 君がいないと 呼吸が出来ないんだ 』 なんて
ころし文句で わたしをメロメロにさせる
『 俺は優しくないよ 』って言ったよね
優しくなんかなくていい
わたしの元に帰って来てくれるなら
暖かいミルクと寝床を用意して
いつも待っているから
わたしが愛することを止めれば
それだけで終わってしまいそうな
儚い恋だけど……
あなたがわたしに贈ってくれた
詩だけは宝物だよ
こんな寂しい想いはしたくないから
今度 野良猫が帰ってきたら
首に赤いリボンをつけて
銀のゲージに閉じ込めて
鍵を掛けてしまおう
その鍵はわたしの胸の奥に
そっとしまっておくよ
「あらー!」
背中から素っ頓狂な声がした。振り向くとなぜか、そこに彼女が立っていた。
「おっ?」
「どうして、ここにいるのよ?」
「猫に餌やってた……」
「わたしも猫に餌やりにきたの」
そういって彼女は僕の隣に座り、スーパーの袋から猫缶を取り出した。フタを開けると紙皿の上に盛ってから猫たちに与えた。猫たちはすぐさまに猫缶に群がり食べ始めた。もう僕の煮干しなんか振り向きもしない。
「そっちの方が人気あるね」
「ふっふっふっ」
得意気に彼女が笑う。
そう言えば、彼女は猫好きだが旦那が潔癖症で家ではペットを飼わせてくれないと嘆いていたっけ。それで『 猫公園 』に来て猫たちに餌をやっているのか。
「わたし、人に媚びない猫の自由さが好き」
「猫は気ままだから……」
「猫になりたい」
「どうして?」
「人間やめたいから……」
「あははっ」
相変わらず、妄想じみたことをいう女だ。
わたしに首輪は付けられない
さぁ 捕まえてごらん
ひらりと身をかわす
軽やかに逃げていく
わたしの心は誰も縛れない
束縛を嫌う猫だから
たとえ傷ついても
自分の信じる道をいく
いくら猫になりたいと望んでみても、しょせん人間だから自由になんて生きられない。
彼女を縛っている首輪が『 結婚生活 』という約束された怠惰な日常かもしれないが……それによって守られている部分もあるはずなんだ。
無邪気な目で猫たちの姿を追っている彼女に――気になっていた、先日のことを何気なく訊ねてみた。
「あれから、どう?」
「……うん」
「仲直りした?」
「テキトー」
彼女は曖昧に笑う。テキトーって? なんだよそれ?
どこか投げやりな言葉に絶望感が滲んでいた。思い通りにならない人生に辟易して、諦めることで折り合いをつけようとしている彼女の姿。
苦悩と対峙するより、何も感じないでいようとしているのかもしれない。
――みんな思い通りになんか生きられない。
なんてことを言ったところで彼女は納得しないだろう、詩人の彼女は自分の感情論でしか世の中を見ようとしない。
いつまで経っても子どもみたいな、ピュアな心で生きている。
彼女の『 結婚生活 』について、部外者の僕がとやかく言える立場ではないし、この問題に口を挟めば僕にも責任が生じるのが分かっているから……これ以上は訊くのは止めた。
しょせん僕はずるい人間だから……。
「猫って、なにを考えてるんだろう?」
「……さぁー、餌のこととテリトリーのことかな?」
「夢とか見るのかなぁー?」
「どうだろう? 猫に訊いてみないと分からない」
「猫になって猫の夢を覗いてみたいなぁー」
いい年こいて頭の中がメルヘンおばさん、君の頭の中を覗いてみたいと僕は思う。
『 猫公園 』の猫たちは、いつも餌を貰っているので栄養状態がとても良い。肥っていて毛艶もきれいだ。満腹になった猫たちは毛つくろいを始めた、前脚をペロペロして耳の後ろを毛つくろっている。
明日は雨になるのかなぁー。
【 野良猫 Ⅱ 】
猫を飼う夢をみた
その猫は黒い毛並みで 眼はブルー
艶やかな野生の猫だった
恋に積極的なあたしは
いつもフライング 膝小僧から血を流し
その度に 天を仰いで涙をぬぐった
ねぇ あなたのこと聞かせて
何でも知りたいの 声・言葉・癖
ぜんぶ飲み込んで わたしの細胞にする
もう一度 猫を捕まえたくなった
あたしはハンター 今度は逃がさないから
あなたとなら また響きあえるよね
時が来れば 『 あなたの元に行きます 』
メールの文字が嬉しくて 心が弾んだ
きっと 今度こそ野良猫を飼い慣らしてみせる
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