第二話 憂鬱な彼女

「ねぇ、今夜泊っていってもいい?」

ベッドから起きて、のろのろと帰る支度をしていたが、ふいにそんなこと言いだした。

「別に……いいけど」

なぜか、いつもと少し様子の違う彼女が気になっていた。

「どうしたの? なにかあった?」

僕の問いかけに手を止めて、しょんぼりと俯いている。

「どうしたのさ、元気ないじゃん」

「……うん」

「話してみなよ」

「…………」

「なにがあった?」

「なにもかも嫌になった……死にたい!」

いきなり、そんなことを叫ぶと両手で顔覆って、わっと泣きだした。

抑えていた感情が噴出して、子どもみたいに声を上げて泣きだす。その状況に僕は驚き、戸惑っている。

少し落ち着くのを待ってから、僕は話を聞いてやることにした。



  【 虚無うろ


迷子のように いつも迷っている

遠くばかり見ていて 足元に落ちている

未来の地図を いつまでも拾えない


自分の甘さは分かっている

自分のズルさも分かっている

誰かにすがらないと 

生きてゆけない 弱さも分かっている


『 何故 自分を愛せないのだろう? 』

ハリボテの頭で いつも考えている

幾度失敗しても それを学習できない

イビツで壊れたわたしは とても不安定


いつも消しゴムで こんな自分を消したい

衝動を抑えてる 自分の存在に価値なんかない

『 ダメな人間! 』

自分で貼ったレッテルが 心地よくて剥がせない


いつも自分を救う すべを探してる

わたしの心の 虚無うろには

誰の声も きっと届かない……



ひとしきり泣いたら、すっきりしたのか、ようやく喋り出した。

「けんかして……飛びだした……」

「旦那と?」

「……うん」

「そっかぁー」

そんなことだろうと思った。

彼女は普段着だったし、いつもの小型パソコンを持ってきてないし……。

ここに来た時からテンション低かったから、なんかヘンだとは思っていたが――やはりそういうことか。

僕から「話してみなよ」と言った手前仕方ない、今から夫婦げんかについて聞かされるのかと思うと、うんざりする。

「夫がぶった……」

「そう、大丈夫?」

「うん、それは大したことないけど……心が傷ついた」

「まぁー、暴力は良くないけど、たぶん相手も反省しているかもしれないから、今日のところは帰った方がいいよ」

こともなげに僕が言うと、

「……冷たいのね」

恨みっぽい目で僕を見て、彼女がそう呟いた。


出来るだけ平静を装った僕の言い方が、彼女にはひどく冷淡に聴こえたようだが……じゃあ、どうしろというんだ? 

この問題(夫婦げんか)に僕が首を突っ込んだら、ややこしくなるのはそっちの方だろう?

さっきの情事の後、彼女に、「逢いたかった……」と言われて、一瞬、とても幸せな気分なった能天気な僕だったが……単なる『 夫婦げんかの避難場所 』にされたことについて、僕だって傷ついているんだ。

彼女のくすり指を見る度、胸がちくりと痛む、どうせ僕のものにはならない。そんなことは分かってる、二人の関係がバレなければ誰も傷つかなくて済む、こんな状況での外泊はまずいだろう。

夜は長い。僕だって本当は帰したくないんだ。



  【 月下美人 】


漆黒の闇の夜 

天上には燦燦と月は輝く

夜の華 月下美人は 

月に焦がれて

艶やかな花弁で 

ひと夜の恋に堕ちる


たとえ許されない恋でも 

心に嘘はつけない

愛すれば愛するほどに 

この恋は苦しみに変る

今宵 苦い『 罪の杯 』を 

ひと思いに煽ってしまおう


どんなに間違っていても 構わない!

たとえ狂ってると言われても 構わない!

すべてを壊してしまっても 構わない!


あなたに 愛するあなたに 

触れていたい

愛を感じていたい 

それだけが生きる望みだから

儚き華 月下美人よ 

その哀しみをわたしは知る

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る