第十話 雨が止んだ

すっかり雨がやんだ。

僕はひとりアパートに帰ってきた、電気をつけるといつもの狭い部屋がなんとなく広く感じる。――きっと彼女がいなくなったせいだ。

ベッドの下に文庫本が落ちていた、彼女が読んでいた……拾って、表紙をぺらぺらめくると真ん中あたりに栞がはさんであった。

安部公房「砂の女」、学生の頃に読んだ記憶があるような、確か砂丘に昆虫採集に来た男が砂の穴に落ちてそこから出られなくなり、その穴に住むひとりの女と暮らす話だった。そう、ずっと砂が落ちてくるんだ……。

僕は彼女という雨の中に迷い込んで、囚われてもいいとさえ思う。


   「愛してる」という言葉の

   虚しさに立ち止まる


   「愛してる」という言葉の

   儚さに涙する


   「愛してる」という言葉は

   掴んでも掴んでも


   遠くへ逃げていく

   まるで蜃気楼ような……


彼女が残していったもの、読みかけの文庫本、シリアルの箱、そして……また彼女がやって来るかもしれないという、かすかな僕の期待感。

しょせんは他人の女だ、そんなことはよく分かっている。


雨の代わりに、今は冷たい風が窓を打ちつける。

無事に帰れただろうか、彼女のことが少し心配になる。僕は連絡をする手立てを知らないし、彼女にも聞かなかった。それを知ったら弱い僕になってしまうから……。

誰かを愛したら……その存在を失うのが怖い! だから最初から深入りしないように、心の中にいつも線を引いてきたんだ。


『 存在の意味 』が分からない彼女は永遠に孤独だろう。

『 本気で愛せない 』僕も寂しい人間だから、ふたりは惹き合ったのかもしれない。

僕らは魂と魂が呼びあって巡り逢ったのかな?


雨の女の存在が僕の中に沁み込んでいく。彼女を愛し始めているようだ……。



  【 ロマンティック 】


君がいたら 何もいらないと

あなたが言う

あなたがいれば 何もいらないと

わたしは言う


この想い

強く強く抱きしめたなら

儚い泡沫に愛を重ねて

そのまま時を消していく


ふたりで過ごす この時は

愛に溢れた 至福のひととき


君がいたら 何もいらないと

あなたが言う

あなたがいれば 何もいらないと

わたしは言う


たとえ

許されない恋でも

求め合う心に嘘はつけない

心の中にいつもあなたがいる


あなたの心に寄り添って

わたしは生きていきます                  

            

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