第五話 いちご

「いちご」

いきなりスーパーの袋に入った、いちごを僕の目の前に突き出した。

「一緒に食べよう!」

彼女は僕にドアチェーンを外させ、さっさと部屋の中に上がってきた。そのままキッチンのシンクでいちごを洗うと、お皿に盛ってテーブルの上にどんと置いた。

茫然と僕は見ていた、相変わらず突拍子もない女だなぁー。


「ビタミンCが不足してるって……」

「そうかなぁー」

「ひとり暮らしだと野菜とか食べてないでしょう?」

「……あんまり食べない」

「いちご、いっぱい食べて」

「うん」

よく熟れた真っ赤ないちご、ひと粒食べると甘かった。

「甘いね!」

「うんうん、美味しいか?」

彼女は母親のような目で、いちごを食べる僕を見ている。

「ねぇキスしようよ」

彼女は真っ赤ないちごを唇に咥えて僕の唇に押しあてた、いちごを半分かじると、ふたりはいちご味のキスをした。

そのままギュッと抱き合った、肌から伝わる温もりと鼓動が優しい気持ちにさせる。

僕は雨の匂いと彼女の香りを吸い込んだ。



  【 いちご 】


頬をなでる風が なま温くなって

どこからか 春の香りを運んできた


ガラス皿に盛った いちごは 

はち切れんばかりの 真っ赤!


嬉しくなって お口に放り込んだら

いちご酸っぱくて 切なくなった……

 

  『 声が聞きたくて 携帯にぎって

       眠った夜もある

    伝わらない想いに 灯り消して

       泣いた夜もある 』


愛してくれない人を 想いつづけるのは

苦しくて 惨めなだけなのに……


どうして わたしじゃダメなんだろう?

お口の中でいちごが 涙の味に変わっていく


弱い自分を叱りつけ 無理やり笑った

わたしの恋はいちご味 甘くて酸っぱい



白いシーツの海で、僕らは魚になって時を忘れて泳いでいた。

彼女は何度も快楽に身をゆだね、「あなたが気にいった……」という。やはり男と女には身体の相性も大事なんだ。

結婚指輪をしている彼女に「家、大丈夫?」と訊くと、「夫は出張で二、三日帰らないから平気……」と答えた。

僕は不思議と彼女の夫に対して嫉妬とか罪悪感とかそんなものを感じなかった。それは彼女に対して曖昧な感情しか持っていないせいだと思う。

人恋しさで彼女を抱いただけ、女だからセックスした、ただ、それだけのこと。

……いうなればセフレみたいな(これは恋愛ではないんだ)いい訳として僕はそう思うことにしている。


「ねぇ、わたしが傍にいると嬉しい?」

「うん……」

ベッドの中で僕の身体に絡みつくように抱きついてくる彼女の肢体。

「こうしてると寂しくないから……?」

「たぶん……」

「それって、愛じゃないよね?」

「どうかなぁー、よく分からない……」

彼女の問いかけに曖昧に逃げる、僕はそこまで深く考えたくないんだ。愛とか……そういう面倒臭い感情は要らないから。

「わたしは……抱かれた男は愛してると思う」

ひとり言のように呟く彼女の声に、目を瞑り聴こえないふりをした。


人を愛することは

孤独からの逃避ではなく

さらに、さらに深く

孤独の意味を知ること


即興で作った詩なのか? 彼女が呪文のように唱えた。

セックスは温め合うことであって、真に分かり合えたことではない。

愛することと理解し合うことを混同してはいけない。



  【 屍の海 】


空を見上げる

あなたの隣で

わたしは

深い海に沈んでいく


夢を語る

あなたの声を聴きながら

止めどなく

涙を流している


相容れない

対極の感情がある


二分化した心は

天秤の針のように

揺れて 揺れて……

あてどない


愛することで

人を傷つけてしまう

いつも そう


この掌は血まみれ

何度も 何度も……

屍をのり越えてきた


自虐のナイフで

切り刻んだ

わたしの躯を


二度と

浮き上がれないように

屍の海に投げ込んでしまえ



イラストレーターの僕はアパートで細々と絵を描いて暮らしている。

美大を卒業して、広告会社に就職したが人間関係が煩わしく、独立して七年くらいになる。今は出版社から依頼された雑誌のイラストやカット、スーパーのちらしのポップなども描いている。

まあ、収入は不安定だけど、なんとか食べていけてる。


僕が仕事をしていると、彼女がシリアルをサラダボールに入れて牛乳を注ぎもってきた。

「ねぇ、食べる?」

「仕事中だから要らない」

そういうと、「じゃあ、わたしが食べる」とムシャムシャ食べだした。よくそんなものが喰えると感心する。

なんだか、それは……食事というより餌という感じがするんだ。


「イラストレーターって儲かるの?」

ふいに彼女が訊いてきた。

「……あんまり儲からない」

「じゃあ、なんでやってるの?」

「他に出来ることないから……」

「わたしも詩しか書けない」

「好きなことやっているんだから贅沢はいえないさ」

「そうね、けど無からモノを創りだすのって凄いことなのよ」

「そうだね」

「わたし頭の中には小さな泉があるの、そこからきれい言葉が湧き出してくるんだから」

いい大人が無邪気なことを言ってる、可愛いのか? バカなのか?

だけど、僕と彼女の唯一の共通点は『 創作する人 』ってことくらいかな?



  【 翼 】


大空に心を飛ばそう

美しいコトバを追いかけて

風船のようにふわふわ漂いながら

心の中に綺麗な模様を描く

それは私だけのオリジナル

私には 『 創作 』という翼がある


誰にも理解されなくて傷ついたことも

ひどい誹りに涙を流したこともある


『 正しさ 』は数の力だろうが

『 真実 』はひとりでも証明できる

ほんの小さなため息で

心の翼は萎れてしまうから

自分 もっと強くなれ!

私には『 創作 』という夢がある

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