第三話 存在の意味
今日も雨が降り止まないから、彼女は僕のアパートに居続けている。
僕が仕事のときは、部屋のすみっこでじっと瞑想しているが、時々パソコンになにか書きこんでいる。
新しい詩でも思い浮かんだのだろうか?
寂しがり屋のくせに孤独が好きだという、変な女だ。
「わたしは心象風景の中に生きています。魂はここに(USBメモリ)、現実は泡沫……」
彼女の発する意味不明な言葉たち、その何パーセントに事実が語られているのか、僕には分からない。
女は嘘をつく、さらに嘘をついてる自分に酔い、それを演じ続ける。愚かなくせに、抜け目ない存在でもある。
「わたしって、スライムみたいにいろんな形に変化するの。おそらく実体のない人間なんです」
理解されない人々の中にあって、ころころと自分の形を変えて生きていく――。そうすることで、辛うじて自分の居どころを作ってきたのだろう。
「人に嫌われるのがイヤで、存在を否定されることが何より怖い……」
(要らない子)と言われた、彼女の心の傷はそこにある。
【 たゆたう 】
いつも 人の気持ちを気にしてた
ねぇ わたしのこと 好き? 嫌い?
選択肢は いつも2つだけ
愛されることばかり 望んでいたから
冷たくされると 傷ついてしまう
嫌われないようにと 脅えていた
相手に合わせようと 心を殺して
そんな自分が 情けなく思えて
いっそう 嫌悪感に落ち込んだ
心は 『 たゆたう 』想いに揺れていた
あなたが幸せなら わたしも幸せ
そんな風に 言ってあげられたら
たぶん 優しさは伝わるだろう
すべての執着を捨ててしまえば
わたしを縛る鎖なんて どこにもないんだ
自分で光る人になれるかな?
あなたが居なくても きっと大丈夫
わたし ひとりで生きていきます
毎日 小さな幸せをひろい集めながら
心は 『 たゆたう 』想いを抱きしめて
「たぶん、わたしは自分を生きているんじゃなくて……みんなに好かれる自分を演じているだけかもしれない」
「みんなそうさ」
にべもなく僕がいうと、彼女は苦しそうに、
「自分は創作することで、心の不安を吐露して、なんとか精神のバランスを保っている」
「…………」
「他の人には当たり前のことでも、自分には苦しい……生きてることが苦しい」
「生きることは戦いなんだよ!」
なんで見ず知らずの男にそんなコアな話をしてるんだ? 雨のように湿気を含んだ言葉が部屋の空気を重くしていく――。
「わたしは死ぬのが怖くて……ただ死ねない弱さで生きてるだけです」
どんどんネガティブなことを言い出す彼女には、うんざりだ。
鬱陶しいのでベッドに引きずり込んで黙らせる。
セックスの後、背中を向けて寝ている僕に……。
「愛してる? ねぇ、愛してるの?」
と、彼女が訊く。
「…………」
寝たふりをして黙っていると、
「愛してるなら……いつか殺してね」
そういって、ふふふっと笑う。
「バカ……」
僕はあきれて心の中で呟く、
所詮( 愛なんてただの幻想)いつになったらこの雨は止むんだろう?
翌朝、目が覚めたら彼女はいなくなっていた。
窓の外を見ると、降り続いた雨もようやく止んで太陽から薄日が差している。
テーブルの上に白いUSBメモリが残されていた。
忘れていったのか? 置いていったのか? どっちか分からないが……。
詩を読まない僕には、そのUSBメモリに興味がない。
彼女は『 帰るべきところへ 』帰っていったのだろうか?
もしかして、今も『 存在の意味 』とやらを探して……。
心の雨の中を、ひとり彷徨っているのかもしれない。
【 evolution 】
生きてる意味を知るために
確かなものを探していた
信じたい言葉があった
『 愛 』 『 希望 』 『 約束 』
だけど分かっているんだ
そんなものを信じるから
いつも傷つくんだってことを
わたしは何かにすがっていた
それは誰かの優しさだった
そして誰かの犠牲だった
輪郭のない憂鬱
強い言葉に脅えた
『 依存 』は やがて破滅へ
わたしを縛っていたのは
その弱い心なんだと気づいて
苦い思いを噛み砕いた
そんな自分はもういらない
今なら走りだせそうな気がした
迷いの中で見つけるんだ
いろんなものを捨てていく
いろんなことを忘れていく
いろんな壁を乗り越えて
少しずつ変化していこう
あらゆるものを吸収して
揺るぎない自分へと進化する
― evolution ―
それは 過去の自分を壊すこと
そして 新しい自分を創り始めること
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