第二話 彼女の好きなもの
猫が好き。
甘いお菓子が好き。
話を聴いてくれる男が好き。
朝のテーブルで「好きなものは?」と訊いた僕に、彼女がそう答えた。
「夫が潔癖症でペットを飼わせてくれないから嫌い、白いご飯は退屈だから嫌い、わたしの話を聴いてくれない男も大嫌い!」
まるで駄々っ子みたいなことをいう女だ。頭の中は小学生並み? 幼稚か!
「わたし寂しがり屋だから、いつも誰かにかまって欲しいんです」
「みんなそうだよ」
「ううん、いつも愛が欠乏してるんです」
「えっ?」
「愛情欠乏症」
【 愛を乞う人 】
愛が足りないとキミは言う
誰にも愛されていないと嘆く
愛というモノサシでしか
キミは幸せの価値を量れない
誰かがキミを好きだと言っても
なぜ信じられないのだろう
本当は自分を悲劇のヒロインに
仕立てて満足しているのかい
キミの心は砂漠のように渇いて
いつも愛という雨を待っている
寂しい寂しいと愛を乞う人よ
どうしたらキミの心を充たせるの
自分を愛せない魂は孤独だと
まだキミは気づいていないんだね
自分は、こんな人間だと僕に詩を読ませた。
そうやって詩で自己分析しているのに、どうして自分を救ってやれないの?
「自分は要らない人間なんです」
ぽつりと彼女が呟いた。
「小さい時に親に(おまえは要らないのに出来た子だよ)って言われました。だから、わたしの一生は『 申し訳ない人生 』になりました。生まれてきてゴメンなさい、生きててすみません……いつも、そう思っています」
「生まれた時はそうかもしれないけど……今は違うだろう?」
「もう手遅れです(要らない子)と言われたせいで性格が捻れてしまいました。愛されていないせいで自信の持てない人間になってしまい……自分のことも愛せないの」
「だけど……もう大人なんだし、そんなの気にしなくても生きていけるだろう?」
僕は慰めようとしたが、
「自分の存在の意味が分からない……」
そういって
【 詩人 】
いつも相反する感情がある
笑いながら泣いている
泣きながら笑っていた
幸せだけど不幸になりたい
不幸なのにとても満足してる
不思議な感情の揺れが
わたしの創作の源だった
出来上がったプラモを壊して
バラバラの欠片を集めるように
心の空白感を埋めるために
言葉の粘土をひとり捏ねていた
渇いた心を潤すような わたし詩人
いつも『 意味 』を考えていた
生きる意味 愛する意味
孤独の意味 死んで逝く意味
なぜだろう どうしてだろう
そこにどんな『 意味 』があるんだろう
在りもしない答えを探してた
そんな自分にいつも苛立っている
月の裏側から見える星なんて
本当はないんだってこと分かってた
だけど欲しいんだ 誰かに!
わたしの存在の『 意味 』を分かって欲しい
優しさばかりをねだる わたしは詩人
機嫌の良いときの彼女は、ただのおしゃべりなおばさんだ。
取りとめのないことをペラペラとひとりでしゃべっている。まるでおもちゃ箱をひっくり返したように、そこら中に言葉を散らかし放題、騒々しく凡庸な女だ。
こんな人がよく詩なんか書けるもんだと不思議に思う、しかし雑談の中になにか言葉の本質をみているのだろう。
少なからず彼女は自分の言葉に酔っている、ナルシストかも知れない。
「わたしって自己憐憫のナルシストなのよ」
「自分を憐れんで満足してるの?」
「そう、かわいそうな自分が好きなのかもしれない」
「どうしてさ」
「いつも自分は頭が悪いから、何をやっても失敗するだろうと考えてしまうの」
「……で」
「でもね、ダメ人間のレッテルを自分で貼って、それが心地よくて剝せないんだ」
「あははっ、君って自虐的だね」
たぶん彼女は自分を卑下して、そんな自分に陶酔しているんだ。
【 ナルシスト 】
月も星もない夜
誰かの言葉に傷ついて
強がって笑おうとするが
胸に突き刺さった
言葉が痛くて
黙り込んだ
血を流す心に
言葉を貼り付けて
止血しようとしたが
痛みは治まらず
死んでしまいたい
と、涙を流す
可哀想 可哀想……
こんな、わたしがかわいそう
かわいそうな、わたしが大好き
血まみれの心が
痛い 痛い!
そんな、あなたはナルシスト
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