3章 帝国の黄昏
第29話 海王、鷲 蒼牙
「良く来たな、エルセス・ハークビューザー」
セドニア内海の東半分を統べる海上帝国の主、
ここは彼の王国セレン(他国からは『
そのなかで唯一、違和感を覚えるものがあった。
「その椅子は、どうされたのです。おじじ様」
エルセスは笑いをこらえられず吹き出した。蒼牙の顔も好々爺のそれに変わる。
「ああ、これか」
鷲 蒼牙は振り返ってそれを見た。
確か、以前はちゃんとした玉座だったはずなのだが。
「最近、暑いからの。この、竹で編んだものに替えたんじゃよ。これは良いぞ。風通しがよくて、儂のような年寄りには最高じゃ」
完全に、海沿いの避暑地でくつろぐ時に使う椅子ではないか。
「だから、もっと貫禄のある椅子にしろと言ったんだがな」
海上王の孫、
「いえ。おじじ様はどんな椅子に座っても威厳がありますよ」
エルセスの言葉に老人は相好を崩した。
「ほれみろ。お前などよりこのエルセスの方が、ちゃんと儂の事を分っておるではないか。やはりエルセスを後継者にすればよかったのぉ」
はいはい、と白炎は肩をすくめた。
「では、俺がエルセスを
喜々として白炎がエルセスの肩を抱く。
「やかましいわ、お主にエルセスは勿体ない。早く自分でいい嫁を見つけるのだな。ほれ、だからその手を離せ」
白炎は、大きくため息をついてエルセスを見た。
「すまぬ。どうやら、俺たちは結ばれぬ運命のようだ」
「ばか…」
エルセスは苦笑した。
☆
「ゴスメルでの事は聞いている。
蒼牙はエルセスの肩に手を置いた。
「つらい思いをしたようだな。我が孫娘よ」
蒼牙はいつもエルセスの事をそう呼んでいた。
エルセスは黙って頭を垂れた。
「それで、どうするんだ。今、白虹が帝国と揉めているが、そこへ行くというのか」
白炎は不思議そうに訊いた。この白虹というのは彼の従兄弟の
「ええ。ロスターナの船では無理らしいので、セレンのおじじ様にお願いに上がった次第なのです」
「ふうむ。だがあそこは、そこまで派手な戦闘は起きておらぬぞ」
蒼牙が首を捻った。
確かに帝国辺境の紛争なのだが、エルセスには気になる事があった。
「まあ、よかろう。エルセスのしたい様にするがいいぞ。白炎、船を準備してやれ」
急がんで良いからな、そう言おうとしてエルセスに睨まれた。
「だが、寂しいではないか。……せっかく会えたのに」
「おじじ様。用件が終わったら、また改めて、ゆっくりとお話に参りますから」
これには、さしもの剛胆な老人も肩を落とした。
「まったく、爺どのはエルセスの事が大好きだからな」
白炎が呆れたように彼女を見た。
「だが、言って置くが。俺も好きだぞ。お前の事が」
「そんな冗談を真面目な顔で言わないで下さい。怖いです」
「ええ? 本気だよ。俺は」
☆
用意された船は、やや小型の快速艇だった。三角帆を備える他に、30人程の漕ぎ手兼戦闘員が待機する。小なりといえど完全な軍船だった。
「この辺りに海賊は出ないと思うのだが、一応これの方がいいだろう。北岸の港までなら1日で着く。爺さまが寂しがるから早めに帰ってこい」
桟橋に並んで立った白炎は、エルセスの手をとって言った。
「ありがとう、白炎どの」
エルセスは揺れる板の上を渡って船に乗り込んだ。
動き始めた船に手を振る彼は、慌てて言った。
「肝心な事を言い忘れていた。……白虹は女たらしだから、気をつけろ」
「あなた以上にですか」
白炎は、あははっ、と笑った。その後、うーん、と考え込む。
その姿も、すぐに小さくなった。
緩やかな順風にのって、快速艇は
頭上には青い空が拡がっていたが、北の空に浮かぶ黒い雲を見て、エルセス・ハークビューザーは眉をしかめた。
「嵐の予兆か……」
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