第28話 内乱の結末
義勇軍はアルシェ・ジャンダルムを先頭に、くさび形となってゴスメル軍へ突入した。
密集隊形を解き、左右に大きく展開していたゴスメル軍だったが、後方からの草原の騎馬部隊の来襲に加え、タルカス義勇軍の逆襲を受けて中軍は崩れ立った。
急造の親衛隊は脆くも逃散し、公王メルヴェスは剣を突きつけられ、地に伏せていた。すかさず、ヘンシェルの副官ライユーズは伝令を走らせ、周囲の敵兵たちに呼びかけて回った。
「偽公王メルヴェスは降伏した。戦いは終わりだ。皆、剣を捨てろ!」
戦場は、その動きを止めた。
☆
ゴスメル軍は第一軍団長の命令で剣を収めた。公王に何かあった場合は彼が指揮を引き継ぐのが定められていた。
「我らは公王の命令に従うものである。現在は公王位の
彼は厳格な表情でヘンシェルに告げた。
「つまりは日和見と云うことなのだがな」
エルセス・ハークビューザーは苦笑を押し殺して、それを石版に記した。
こうやって強い者に付くというのが、ゴスメル人に共通する気質なのだ。
だが、これは決して恥ずべき事ではない。激しい内戦により無駄な血を流さずに済むという点ではこの地上に存在するどの国よりも優れていると言っていい。
もちろん、人口が少ないために、できるだけ戦乱を避けたいというのが本音ではあるだろうけれど。
メルヴェスは処刑された。
ヘンシェルから中央軍への工作を命じられていながら、自らが公王に即位するという裏切り行為は到底、容認されるはずもなかった。
その他に処刑された者はいなかった。
ゴスメルの国民は、新公王ヘンシェルの寛容さに驚いた。そして安堵の息をついたのだった。
☆
一方、タルカスでは。
アルシェ・ジャンダルムは救国のヒロインとして神格化されるまでになっていた。
彼女はその状況に苦悩した。
「私を神の使いなどと呼ぶのは止めて下さい。もう私はただの町娘です」
だが、彼女の訴えに耳を貸す市民はいなかった。
タルカスの政府内でそれを危惧する声が上がるのに時間は掛からなかった。
☆
「ヘンシェル。タルカスでは、アルシェが捕らえられたそうではないか」
エルセスはヘンシェルを訪ねていた。
「ああ。私も聞いたよ。困ったものだね」
長大なテーブルの向こう側で、彼は見えない目を天井に向けた。
「公王からタルカスの連中に言ってやってくれ。アルシェを解放しろと」
現在では、ゴスメルとタルカスは同盟を結んでいる。もちろん立場としてはゴスメルが盟主ということになる。彼が指示すればそれは即座に実行されるだろう。
「私が困ったもの、といったのはそういう意味ではないよ」
ヘンシェルは唇の端をつり上げた。
「
ふうっ、と大げさにため息をつく。
「残念だね。かつては馬を並べて戦った仲だというのに。何が不満だったのやら」
「アルシェを見殺しにする気か」
そこで、エルセスは気付いた。背中に冷たいものが走った。
「そうか。そういう事だったのか、ヘンシェル」
「何故だ。アルシェがいれば、タルカスは良き同盟国になるではないか」
エルセスは全く表情を変えなかった。
「同盟国など、不要だ」
笑いを含んだ声でヘンシェルは言った。
「わがゴスメルに必要なのは、帝国や漣国に対する緩衝地帯さ」
エルセスは一歩前に進み出た。
「それはお前の本心とは違うだろう。こうして公王に即位してしまえばアルシェなどもはや不要と云うことなのだろう。いや、世話になった分だけ邪魔、なのか」
「……エルセス、それは勘繰りすぎというものだよ」
ヘンシェルはくっ、くっと嗤った。
「この世界では、本当は誰も英雄など欲してはいないんだ」
自分がなるなら、別だがね。
エルセスの頬に刻まれた、クロニクルの紋章が激しく痛んだ。
☆
間もなく、『聖女』『神の剣』と称されたアルシェ・ジャンダルムは、同盟国ゴスメルへの反乱を企てた罪で処刑された。
エルセスが駆けつけた時には、すでに焼け落ちた十字架しか残っていなかった。
石版を取り出し、彼女はこう書き込んだ。
『ゴスメルの公王ヘンシェルは、盟友アルシェ・ジャンダルムを謀殺した』と。
これが、ゴスメル公国の内乱、その顛末だった。
(第二部「ゴスメル編」完)
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