第27話 弱者の戦術

 ゴスメル軍の本営に伝令が駆け込んできた。

「両翼の騎馬隊が壊滅! 歩兵部隊は側面からの攻撃を受けて動揺しております」

 不安げな幕僚達の前で、公王メルヴェスは鷹揚に頷いた。


「そんな事は想定内だ。このまま前進を続ければいい」


 最前線に弱兵を置き敵の進軍に合わせ後退させる事で、左右からの包囲網に引きずり込むという戦術は、兵書に通暁している者にとってはあまりにも常套手段だった。

「ヘンシェルめ、思った程の事はない」

 だが、そんな小細工など、圧倒的な兵力差をもって、ヘンシェル共々粉砕するだけの事だ。


「まったく愚かな連中だ。あれだけの兵でわが軍を包囲出来ると思っているのか」

 メルヴェスは嘲笑あざわらう。


 一時的に押し込まれていた重装歩兵もすぐに秩序を取り戻し、騎馬隊の攻撃を跳ね返し始めている。

「古来、少数が多数を包囲して勝った例などありはしないのだ」


「いい頃合いだ。両翼を展開し、タルカス軍を包囲しろ」

 メルヴェスは意気揚々と指令を下した。

「包囲殲滅とはこうやるのだ、というのを見せてやる」


 ☆


「ゴスメル軍が陣形を変え始めました。密集隊形から大きく左右に拡がって、我が軍を包囲しようとしています」

 ヘンシェルの副官ライユーズがヘンシェルに伝える。

 エルセスは、彼が激したり動揺している所を見た事がなかった。常に冷静に状況を判断できる、副官としてはまさに最適な男だろう。


「ふふん。当然、そう来ると思っていた」

 ヘンシェルは笑みを浮かべた。


「人というのは、自分がやられた事をやり返そうとするものだからな」

 包囲されそうになれば、必ず自分も包囲殲滅作戦をやろうとする。

「特に、理屈ばかりの素人はな」


 ヘンシェルの合図で一筋の狼煙が上がった。


「これは、なんだ」

 エルセス・ハークビューザーは足元に新たな地響きを感じた。

 目をこらすと、横に大きく拡がったゴスメル軍の背後に、高く砂埃が舞い上がっているのが見えた。


 草原の騎馬民族が、ヘンシェルの要請に応じ戦列に参加したのだった。


 後方を襲われたゴスメル軍は混乱に陥った。


「では、そろそろ」

 ライユーズが声をかける。

 そうか、とヘンシェルは顔をあげた。


「教えてくれ。空は、晴れているか。ライユーズ」


「もちろんです、陛下」

 副官は答えた。……まるで、新しい公王を祝福するような、美しい青空です。彼は口のなかで呟いた。


「アルシェよ、では行こうか」

 常に最前線で戦い、返り血に塗れた少女は彼の横に馬を並べた。

「はい。目指すは、メルヴェスの首、ひとつ」

 彼女は剣の血糊を振り払った。


 タルカス軍を包囲する事を目論んだことにより、手薄になった本営には、ゴスメル公王がその姿を晒していた。


 彼らは、一直線にゴスメル軍の本営に斬込んでいった。

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