第26話 公都ライエルの決戦
「お初にお目にかかります、アルシェ・ジャンダルムどの」
エルセス・ハークビューザーは輝石の埋め込まれたペンダントに手を当て、片膝をつく、クロニクル式の礼をした。
「きれいな紅い瞳……」
初めてクロニクルを見たアルシェはため息をついた。
しばらくして我に返る。
「あ、失礼しました。わたし、クロニクルって、もっといかつい女騎士のような方を想像していました」
それが、こんな……自分と体格も変わらない、普通の女性だったとは。
エルセスは黙って頭をさげた。
「久しぶりだな、エルセス・ハークビューザー」
彼女と同じような僧衣をまとった盲目の男が右手を差し出した。
「ゴスメルの公子が、こんな所で何をやっているのです」
その手を握り返し、エルセスは苦笑した。
かつてはゴスメル公国の後継者とも目されていた彼が、現在では敵国タルカスの義勇軍の参謀に収まり、故国に戦いを挑んでいるのだから。
「なに。一宿一飯の恩義というやつさ。私のような男が生きるには、草原はやはり過酷すぎたのでね」
国を追われた公子の一行を匿ってくれたのが彼女だった。彼女の父親はこの街の有力者の一人だったらしい。
「ヘンシェルさまには、それ以来お世話になってばかりなんです」
アルシェは彼の方を見た。
ヘンシェルは、ゴスメル軍の掠奪を防ぐため、副官のライユーズを中心に自衛組織を作り上げたのだ。それ以来、小戦闘では必ず勝った。
そして、ついにはゴスメル正規軍をも撃退するに至るのだ。
「だが、お前が来たと云うことは、メルヴェス『公王』が再び軍を発したのだな」
エルセスは頷いた。
「彼は、自分を擁立してくれた軍に対して報酬を与えなくてはなりませんから」
小なりといえど、タルカスは貿易による経済力を持っている。ここで武功をあげれば、ただの武人にもタルカス地方の主という栄達の道が見えているのだ。
前回は不意を突かれたとは言え、この小国に敗北しているメルヴェスだった。このままではゴスメル中央軍から愛想を尽かされるのは目に見えている。もう二度と失敗は許されない状況に追い詰められているはずだった。
一方、ヘンシェルたちも前回のような僥倖は期待できなかった。
義勇軍の襲撃を織り込んだ戦闘計画をたてたゴスメル中央軍ならば、今ある小規模な自衛組織ではとても対抗出来ないだろう。元々、このオルティアという街は四方が平坦で防衛に不向きな地形なのだ。街中にも防衛拠点として使えそうなものは古い教会しかない。
戦う場所は他に求めなければならない。
「やはり、ライエル城下におびき寄せるしかないだろうな」
前回は包囲するゴスメル軍を、小部隊による連続攻撃、いわばゲリラ戦で消耗させ、撃退したのだった。
「もう一度同じ手は通じないだろう。だったら、平原で決戦するしかあるまいよ」
「分っているとは思いますが、兵力差は10倍近いですけれど」
エルセスの言葉に、ヘンシェルは唇の端をすこし上げた。
「正規軍がどれだけ働いてくれるか分らんが。……まあ、やってみるさ」
☆
タルカスの公都ライエルを彼方に見て、広大な平原が広がっている。
ゴスメル軍は重装歩兵を中心に据え、左右に軽騎馬隊を配置していた。歴代のゴスメル軍は騎馬部隊を主力としていたが、ここ最近、歩兵の比重を高めていた。
密集隊形によって敵本陣を粉砕する作戦なのだ。
逆にタルカス軍は歩兵は少なく、主力は騎馬兵だった。こちらも歩兵団を中央に置き、左右に騎馬部隊を備えさせている。
歩兵の先陣はタルカスの正規軍だった。
「どう見ても、正規軍に戦意はないようだな」
エルセスは石版にその布陣を書き込んだ。
とにかく数が少ない。中央を前に出したアーチ状に陣形を組んでいるが、陣の厚みがない。これではゴスメルの重装歩兵に容易に突破されるだろう。
そのアーチの内側には、アルシェ率いる義勇軍が本陣として密集隊形で控えている。
戦闘は、ゴスメル軍の一方的な攻勢で始まった。
タルカス歩兵陣地のアーチ状に突きだした部分へゴスメルの重装歩兵が突撃し、みるみる突き崩していく。弧を描いていたタルカスの先陣はやがて横一線にまで押し込まれ、さらにずるずると後退を続けた。
ゴスメル中軍にいた『公王』メルヴェスは更なる攻勢を指示した。敵本陣にヘンシェルの姿があるという情報を得ていたからである。
時間と共に、戦況は明らかになって行った。衆寡敵せず、タルカス軍は崩壊していくかと思われた。
その時、タルカス歩兵の後退が止まった。
後陣に控える義勇軍部隊に、その退却を阻まれたからだ。
「これより、一歩でも退く者は斬り捨てる!」
騎乗したアルシェが鋭い声で言い放った。
「神の御名において、死ねや、者ども!」
アルシェ・ジャンダルム率いる義勇軍が最前線に登場し、ライエルの決戦は、新たな段階へ突入した。
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