第23話 台頭する海上帝国

 しゅう 白炎はくえんの率いる男達もまた、一介の商人などではなかった。

 武人として鍛え上げられた統制のとれた動きで、数倍の敵を撃退していく。東方諸国独特の反りのある細身の剣が振り下ろされる度、海賊はむくろとなり、地に転がった。


 さすがは、れん国(セレン)の精鋭だな。

 エルセス・ハークビューザーは彼らの戦い振りを横目で見ながら感嘆した。1対1ならともかく、数人を同時に相手にするのは避けた方がいいだろう。

「そんな事態になるのはご免だがな」

 横合いから突き出された短剣をかわし、彼女は海賊の脳天に剣を振り下ろした。


 半数以下に撃ち減らされた海賊は、小桟橋の船に向かって敗走を始めた。

「逃がすな、奴らは捕虜にしろ」

 白炎は逆包囲の体勢で海賊を追った。

 これだけ彼我の技量に差が有れば、殺さず捕らえるという困難な指示も彼らは容易に成し遂げた。


「我がセレンの船を襲うという愚挙を犯した事を悔やむがいい」



 海上帝国セレンは、内海のほぼ東半分を支配し、残りは帝国系諸国、主にロスターナと支配地域を分け合っている。


「帝国が出来ないのなら、我らが代わりに海の治安を守るだけのこと」

 白炎の言葉にエルセスは沈黙した。


 現在の帝国に、海軍と言えるほどの戦力など存在しないのは誰もが知る事実だ。

 かつて大海を越え、東の大陸まで赴いたという大艦隊。それを構成した巨艦群は、今では整備もされず朽ち果てるのを待つばかりになっている。

「我が帝国には全てのものが有る。海の外にそれを求める必要はない」

 先代の皇帝はそう豪語した。そしていよいよ帝国は内向きになっていった。


 セドニア海は、すでにセレンのものとなりつつあった。


 ☆


 すべて終わった頃になって、一群の騎馬部隊が港町を見下ろす街道に現れた。

「ゴスメルの守備部隊か。これでは役に立たないな」

 呆れた声で白炎が肩を竦めた。襲撃を受けてから最寄りの駐屯部隊へ救援を求めたのだろうが、あまりにも来着が遅すぎる。

 しかし、これにはゴスメル国内の混乱も影響しているのだろう。


「こいつらを引き渡してやれ。もう用はない」

 海賊が拠点としている場所の情報はすでに聞き出していた。

 白炎は、縛り上げ地面に転がした男たちの処置を副官に命じた。


「ところで、クロニクル。アリーソード卿の行方を知らないか」

 宿に戻り、茶を飲みながら白炎は言った。

「船の上では情報が入ってこないからな。一体いつの間に内戦が始まったのだ」

 エルセスは簡単に経緯を説明した。


「フォークトが死んだのは勿怪もっけの幸い。ついでにメルヴェスを討ち果たしてしまえば良かったのだ」

「どっちの立場で仰っているのです、白炎どのは」

 エルセスは苦笑した。

「どちらでも同じさ。ヘンシェル卿にしても、より信頼できるのはアリーソード卿の方だろうからな。あんなメルヴェスなど、……いや止めておこう」

 白炎は大きく欠伸あくびをした。


 夜明けまではもう少し時間がある。眠れる時に寝ておいた方がいいだろう。

 

 ☆


 東の海上帝国セレンはゴスメル公国の内戦に介入しようとしているのか。エルセスはベッドに腰掛け考え込んでいた。眠る事が出来そうにないまま、先程の白炎との会話を思い出す。


「次兄フォークト卿の名で同盟の申し入れがあったのだ。もちろんアリーソードの発案だろうが」

 ゴスメル領内にある、すべての港を開放するという条件も提示された。

「でも、それでは……」

 不審げなエルセスを見て、白炎は小さく笑った。

「あの男らしいケチな提案だ。いや、真面目な、と言い換えようか」

 それでは現状の追認でしかないのだから。

 

「我らセレンがロスターナ公国に侵攻する際には陸上から支援する、ぐらいの思い切った提案が欲しかったところだ」


「冗談が過ぎます、白炎どの。セレンがロスターナに侵攻する理由など無いはず。そんな事は……」

 その時、エルセスの視界に青白い光が走った。

 頬のクロニクルの紋章が痛む。警告が発せられた。歴史に干渉するな、と。


 顔をしかめたエルセスを見て、白炎は慌てて言った。

「もちろん冗談だぞ。ロスターナとは仲良く貿易戦争をするくらいが丁度いい。それにあの『図書館要塞』は我らには宝の持ち腐れだからな」


「俺は、じい様の命令でここの様子を伺いに来たのだ。だが、こんなに早く事態が進展しているとは思わなかったな」

 じい様、と云うのは彼の祖父で現在のセレン王、鷲 蒼牙そうがの事である。以前エルセスが就任挨拶のためセレンに滞在していた時に面識があった。


 その男は一代で島嶼地方を纏めセレン国を築いた、当世の英雄と言ってもいい人物である。老境にあってもその威勢は衰えず、国境を接する帝国からも畏敬の念をもって見られている。


「じい様はエルセスがお気に入りだからな。もう一度お前が来るのを首を長くして待っている」

 エルセスは複雑な思いを押し殺し、黙って頭を下げた。

 もし自分があの老人に再びまみえるとしたら、それはセレンが戦乱に見舞われている時だろう。


 ☆


 明け方、港は深い霧に包まれていた。つよい潮の匂いだけが鼻をつく。


 馬を用意するエルセスの隣に、鷲 白炎が立った。

「また、どこかで会おう。エルセス・ハークビューザー」

 差し出された手を、エルセスは強く握り返した。


 静まりかえった谷間の町に馬蹄の音が届く。

 

「クランカの者に伝える!」

 坂の上から大声が響いた。街道を駆け抜け情報を伝える伝令士だった。重大な事件があった時に、こうしてゴスメル国内の全街道筋へ発せられるのだ。


「新公王が即位された! メルヴェス公子さまが、新公王になられたぞ!」

 エルセスと白炎は思わず顔を見合わせた。


  

 

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