第16話 内戦前夜

 公王亡き後のゴスメル公国は長兄のヘンシェルが継ぐべきである、というのがこれまでの大方の意見だった。

 盲目であるというハンデを負う彼だが、適切な補佐役を得ればそれは問題ではない。これまでの執政官としての能力と実績、そして人格的にも他の兄弟に抜きんでているからだ。


 だがまるで公王死去のタイミングを狙ったかのような、ゼフュロス王国軍の帝国領侵攻がそれを揺るがせた。


 軍の一部がヘンシェル不支持を標榜し、公然と次男フォークトを擁立する動きを見せ始めていた。果断な性格の彼は将軍達から人気が高い。三男のアリーソードも同じ陣営につく。彼もまた参謀として軍務に携わっており、軍とは関係が深いからだ。

 彼らの主張は、『文弱』な公子では国を守ることが出来ない、というのだった。


「ふん。頭の空っぽな野蛮人と、陰険な狐が手を組んだか」

 末弟のメルヴェスはあざける様に言った。その彼はあくまで長兄のヘンシェルを支持する構えだった。ただそれも、あわよくば自分が取って代わろうという野心が見え隠れしていたが。


 そんな中、フォークトが殺害された。


 仲間数人と下町の居酒屋で飲んだくれている所を暴漢に襲われ、次期公王候補はあっけなくこの世を去った。

 だが、彼がお忍びで街を飲み歩いているというのは誰もが知ることだった。これは計画的な暗殺だと反ヘンシェル派は騒ぎ立てた。犯人は捕まらず、証拠も無かったが、長兄がそれを命じたという噂は国中に拡がっていった。


 一方、アリーソードが中央軍の武力を背景に公王位に就こうとしている、との報告がヘンシェルのもとにひっきりなしに届く。

 双方の陣営は一触即発の危機にあった。


 エルセス・ハークビューザーが公国の都に入ったのは、丁度そんな時だった。





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