2章 ゴスメルの内乱
第15話 ゴスメル公国、動乱
帝都はその城壁の一部に混沌の痕跡を残すのみで平穏を取り戻した。だが饕餮に襲われたこの世界の全てが元通りになった訳ではない。
氷雪の都だったルードベールは、いまだに暗闇とも光輝とも判別出来ない混沌の中に沈んでいる。変わり果てたその場所は人の接近を拒み、旧来の秩序を取り戻すのには百年はかかるだろうと言われていた。
☆
草原の只中を一直線に、白い石畳の街道が走っている。風が吹くたびに青草の匂いが鼻をくすぐった。比較的湿潤な大陸の北方に較べ、内海の南側に当るゴスメル公国は空気が乾燥しているのが分った。
西に向かえば砂漠の国ゼフュロスがある。乾いた西風の影響で降水量が少なく、小高い山にも喬木は見当たらない。
そのため、ゴスメル公国の主要産業は酪農を中心とした牧畜業である。この美しい光景とは裏腹に、農業には向かない土地なのだった。
帝国から独立後は、世界最強とも云われる騎馬軍団により、大陸南方を支配している。そのゴスメルの東方には、帝国に従属するタルカスという小公国があり、紛争が繰り返されていた。
そして街道を西北方へ向かえば、ロスターナへ至る。
最後のクロニクル、エルセス・ハークビューザーはその道を逆に、ゴスメル公国へと向かっていた。柔らかな日差しの中だが、長いマントを羽織りフードを深く被っている。これは僧侶などと同じく、俗世を離れていることの象徴でもあった。
小型の馬の背に揺られながら、
やがて草原の中に石造りの街並みが見えてきた。ここがゴスメル公国の首都シルト・グースだった。
帝国の『大崩壊』とも呼ばれる時期に、他の国と共に帝国から分離したことから、基本的な建築様式は近世の帝都と変わらない。
ただ、大きな違いは街を囲む城壁が無い事だった。これはこの街が、市街の中心を流れるグース河の両岸へ放射状に拡がっていった事を表している。
甲高い音に、エルセスは空を振り仰ぐと、一羽の鳥が円を描くように青空を飛んでいるのが見えた。時折、太陽光を反射し眩しい輝きを放つ。
彼女が右手を上げると、その巨鳥は急降下し彼女の足元に舞い降りた。その姿に驚き
「今度は私と一緒に働いてくれるのか、フュージリア」
エルセスは指先でその頭を撫でた。
それは鳥とは言えないだろう。形状こそ鳥を模しているが、たたまれた翼は金属片によって造られている。全身を包む羽毛も全て金属だ。触れると硬くひんやりとした感触が伝わった。まるで、剣を撫しているような錯覚にとらわれる。
フュージリアと呼ばれるこの”鳥”は、かつてウィラス・ラムロッドと行動を共にしていたが、彼女がクロニクルに対し叛旗を翻して以来、回収され、
ガラスのドームで覆われた目がエルセスの方を見た。この目で高空からの情報収集を行っているのだが、今の彼女にはどうしても、自分をウィラスと比較されているように感じられた。
(ばかな。相手は機械だというのに……)
エルセスは苦笑を浮かべた。
「あの人ほど有能ではないが、よろしく頼む」
そう言って背中を撫でてやると、フュージリアは頷いたようにも見えた。そして大きな翼を広げ、力強く羽ばたき急上昇していった。
捲き起こった風で乱れた髪を直しながら、エルセスはまた馬に跨がった。
☆
ゴスメル公国の政治情勢は危険の一言に尽きた。
発端は先代公王が突然死去した事である。彼の息子は四人。当然のごとく後継者問題が湧き起こった。また、公王の死因についても噂が飛び交っていた。
現在は、長男と末弟、そして次男と三男がそれぞれ手を組み、誹謗中傷合戦に明け暮れている。まだ大規模な衝突には至っていないが、何が内戦のきっかけになってもおかしくなかった。
先代公王の次男が殺害されたのは、そんな状況の中だった。
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