第13話 終局への地下道
ランプの灯に照らされ、石造りの地下道の内壁は影を揺らめかせた。表面を平らに整える事もなく、
「ついて来るな、と言った筈ですよ」
エルセス・ハークビューザーは横に立つ男に声を掛けた。
その男はいかにも心外そうに肩を竦めた。
「おいおい、俺を誰だと思っているんだ、クロニクル」
「……バード・ボウレイン隊長でしょう。ちゃんと憶えています」
「正確には”史上最強の男”だ。そしてお前がこの街に滞在する限りは、お前の忠実な護衛者たるバード・ボウレイン。その俺がお供するのは当然だろう」
エルセスはため息をついた。
地下室で通路への入り口を発見したエルセスがランプの用意をしている処へ、この男が避難勧告のためにやって来たのだ。
「だが、以前はただ単に”史上最強”と名乗っていませんでしたか」
エルセスが言うと、お、おう。とバードは苦笑した。
「思う所があってな、男に限定させてもらったのだ」
「それは謙虚な事ですね」
おそらく、その原因であるだろう彼女は、それ以上問わなかった。
「こういう所には、有毒な瘴気が発生しやすいんです」
エルセスはバードを見た。
「隊長が倒れたら私はすぐ逃げ出すので、覚悟しておいて下さい」
「望むところだ。だがもしお前が倒れたら、俺が担いで連れ出してやるから安心しろ」
身体をかがめて歩きながらバードは笑う。
段々と天井が低くなって来た。
目的地は目の前だった。
☆
だが通路の出口は積み上げた石で塞がれていた。
「話と違うようだな。どうする、引き返すか」
バードが呻いた。
だがそれを詳細に観察したエルセスは、彼を振り返った。
「やはり隊長を連れて来てよかった」
酷薄な笑顔を彼に向ける。
「この石積みを、排除して下さい」
「石の隙間から空気の流れが感じられる。だから多分簡単に終わりますよ」
ぽん、とバードの肩を叩く。
「私たちが通れればいいんです」
崩落して塞がった訳でも無い。石の一つ一つも人が運べる程度の大きさだ。
「クロニクル殿のお役に立てて光栄だよ」
やれやれ、とバードは上部から石積みを崩し始めた。
「おい、エルセス。ランプを貸してくれ」
すぐに彼が声をあげた。
拡げた穴の前にランプを掲げたバードは親指を立てた。
「向こうに部屋がある。大当たりだ」
☆
決して小さな部屋ではないのだが、実際以上に狭く感じさせる理由があった。
左右の壁にボウガンを構えた甲冑が十数体、並んでいるのだ。
二人は部屋の中へ踏み込んだ。
「ここは武器庫かな、『将軍亭』は元々軍の施設だったそうだから」
繋がっていても、……言いかけたバードを、エルセスは後ろから引き倒した。
一本の矢が、彼の顔を掠めて飛び去った。
「通路へ戻れ!」
二人は腰までの高さになった石積みを飛び越えて、通路へ逃げ込んだ。
覗き込むと甲冑が持つボウガンは、全てこちらを向いている。侵入者を撃退するつもりなのは明らかだった。
「何なんだ、あの甲冑は。一体どうやって動いているんだ。しかも、さっきより少し部屋の中が明るいぞ」
目が慣れたという事も有るだろうが、多分どこからか外光を取り入れているのだろうとエルセスは想像した。
「どうする、これでは向こうの出口に辿り着く前にハリネズミだ」
「いや、その心配はない。あれを見て」
エルセスが指差したのは、最初に矢を放った甲冑だった。新たにボウガンに矢をつがえている様子はない。つまり。
「全ての甲冑が矢を射ち尽くすまで、さっきの事を繰り返せばいい」
つまり部屋に入っては、またすぐに逃げ出すのだ。
「冗談だろ。いくらお前でも死ぬぞ」
「いえ私ではなく、あなたがやるんですよ。隊長」
「死ぬのは俺だったかっ!」
「まあ、でもそんな悠長なことは出来ない。ついて来てください」
そう言うとエルセスは通路から飛び出した。
「後ろを頼みます」
抜き払った剣で、至近距離から射られた矢を叩き落としながら部屋を駆け抜けていく。そして後方から飛来したものはバードが対処した。
「冗談じゃないのかよっ!」
「大丈夫ですか、隊長」
部屋を駆け抜け、反対側の通路に出たところで、剣を納めエルセスが一息ついた。
荒い息をついているが、バードも無事だった。伊達に”史上最強”を自称しているのでは無いらしい。
「ああ。部屋が明るくて助かった。何故だろう、甲冑の中に誰か入っている訳でもないだろうに」
「さあ。ただの脅しのつもりだったのかも」
あるいは、設計者の趣味とか。
「こんなの趣味で造ってるんじゃねえよ、まったく」
通路を進む二人はやがて、高い天井を持つ大広間へ出た。
☆
その部屋には、何もいなかった。
ひそかに古代の凶神が捕らわれているのを期待していたバードは落胆した。部屋の中央には、天井までの巨大で透明な円筒が据え付けられているだけだったのだ。
「何だ。どんな禍々しい奴が居るのかと思ったのに。拍子抜けだ」
そう言ってエルセスを見たバードは眉をひそめた。
「どうした、エルセス」
彼女は目を見開いたまま、身体を震わせていた。バードの言葉も耳に入っていない様子で、何か口の中で呟いている。
「こ、これって、……まさか」
「おい、しっかりしろエルセス。これが何だと言うんだ」
彼女はゆっくりと振り返った。
「何故こんな所に。これは、クロニクル・システムだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます