第8話 ゼフュロス軍進攻
凍った大地は、歩を進める度にザク、ザクと音を立てる。
ロスターナはまだ初秋の気候だったが、ここルードベールに入ると急に厳冬になったように感じられた。
色付いていた木々の葉は全て落ち、濃緑色の針葉樹に覆われた山の頂き付近は、粉を振ったように白くなっていた。
エルセス・ハークビューザーはマントのフードを少し引き下げた。
「おかしな動きをするなよ。クロニクル」
その途端、後ろから声を掛けられた。
彼女は周囲を囲まれ、剣の切っ先を突きつけられているのだ。
「まあ、
飄々としたその言い方に、エルセスは苦笑した。
「分っている。ちゃんと本営まで連れて行ってくれるなら何もしない」
「ありがたい。
エルセスは声の主を振り向いた。
褐色の髪を短く切りそろえた長身の女性が、ひとりだけ剣を持たず立っていた。
「名前を教えて貰ってもいいですか」
「おや、妾も歴史に名を残すのかな。ゼフュロス軍遊撃隊長カルラ・リオットだ」
彼女は、優美な動きで一礼した。
☆
「クロニクル殿をお連れしました」
カルラの声に『
「これはまた、若いお嬢さんだな」
トゥール・シャロウは大げさに両手を拡げた。
「年齢と才能は関係がない事を一番ご存知なのは、閣下なのでは」
ウィラス・ラムロッドはそう言うと、エルセスに歩み寄った。
「私を止める事はできないよ、ハークビューザー。そのつもりで来たのでしょう」
エルセスは頷いた。ですが、と言葉を続けた。
「それよりも、あなたに一目会いたかったからです」
ほう、とウィラスの目が見開かれた。
「こんな、クロニクルの裏切り者に会いに……。いいでしょう、掟に背いたものの末路をしっかり記録しなさい」
エルセスは哀しげに首を振った。
「違うんです。そんな事をしたいのではありません」
その時、ウィラスの目が細められた。まるで微笑むように。
「悪かった。冗談だ。私も会いたかったよ、エルセス」
☆
ゼフュロス軍の最前線はルードベールの国都に迫っていた。
各地の守備軍は呆気ないまでの脆さで敗走していった。
帝国側に主力を振り分けていたとはいえ、高速移動するゼフュロスの騎馬部隊に対し兵の集結が間に合わなかったのだ。
ゼフュロス軍は各個撃破を繰り返し、遂に国都の城壁を見るところまで進軍している。そして、トゥール・シャロウとウィラス・ラムロッドは攻城方法を協議しているところだった。
「しばらく待っていてくれないか。ハークビューザーもその方がいいだろう?」
確かに、作戦会議に加わる訳にはいかない。
「カルラ、陣を案内して差し上げろ。あれを見せてやってもいいぞ」
カルラ遊撃隊長は一礼して、エルセスを差し招いた。
「では、我が軍の秘密兵器をお見せしましょう。お出でなさい、クロニクル殿」
☆
ゼフュロス軍は騎馬と駱駝による機動部隊がその主力をなしている。
基本的な武装は、革と薄い金属片を組み合わせた軽装甲に短弓。さらには馬や駱駝の上で振るうために、通常の二倍近い特別に長い刃を持つ馬上剣だろう。
ただカルアが率いる遊撃軍は、剣の他、矛、斧などあまり統一されていないようだ。
「
さっそくエルセスは石版に書き込む。
「なあ、エルちゃん」
「ちゃん?」
エルセスは目を剥いた。しかしカルアは全く気に留める様子はない。
「あの人をどう思う。先輩なのだろう?」
「ウィラスさんですか。何故です」
「あの人について行くのは、国のためになるのかな。と思ってな」
エルセスが沈黙した理由に気付いたカルアは、あわてて質問を変えた。
「エルちゃんは、あの人のことが好きか?」
それは、はっきり答えられる。
「大好きですよ。いろいろ教えて貰いましたから。本当は、すごく優しい人です」
「あの人を信頼しているのだな。ならば、
「さあ、見ろ。これがうちの秘密兵器だ」
それは陣の左翼にいた。
「これは、…本物ですか」
さすがのエルセスも言葉を失った。その動物、と呼べるならだが、見上げるほどの巨体を持った動物。
「
それは、半透明な身体をぶるっと振るわせた。
神話時代から語り伝えられる、伝説の凶獣がそこにいた。
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