第8話   小さな助けは、大きな励まし①

 どこかで会える日をずっと信じて、待っていた。

 輝耶は作業する手を止め、文机の上に飾っている折り紙の桜と、折り鶴を眺めた。すっかり色あせてしわしわだ。


 桜の花は皇牙からもらった作品。

 鶴は、鴉天狗からすてんぐの子供、『小助こすけ』からもらった物だ。


(よく三人で遊んだなぁ。ふふ、上手く折れた作品を、みんなで交換しあったのよね)


 輝耶は二人の作品を眺めながら、机にひじをついた。


(祖父ちゃんにも、皇牙さんに会ってもらいたかったな)


 皇牙との遊び場は、立ち入り禁止の立て看板かんばんに囲まれた山の中だった。

 祖父と、祖父の中で眠っていた神将ニ体は、皇牙に会ったことがない。

 大人を怖がる皇牙のために、輝耶が内緒ないしょにしていたからだ。


 その皇牙が遊び場に現れなくなって数日後、心配した輝耶と小助は、近隣の者に尋ねてまわったが、誰も皇牙を見たことがないと言う。

 皇牙が大人に会うのをけて生活するあまりに、こんなことになったのだろうと輝耶は思う。


 誰からも覚えてもらえないなんて。さがされもしないなんて。

 こんな悲しいことはないと、輝耶は目をせた。


(あたしと小助しか、皇牙さんを知らないんだもの。どんなことがあっても、皇牙さんの生死を、あきらめちゃダメな気がするの)


 輝耶は折り紙を指でつまんで手に載せると、一人うなずいた。

 誰もが皇牙を知らないと言う中、それでも皇牙が実在したと言ってくれる唯一の存在、それが小助だった。今でも文通する仲である。


(あ、そうだ、お城から結婚の催促さいそくが来たこと、手紙で小助にも伝えとこ)


 突然、ドンッと天井が鳴った。

 輝耶は驚いて、手に載せていた折り紙を畳に落としてしまった。

「なになに? まさか泥棒!?」


「見てくる! お前は家にいなさい!」


 陰直が勢いよく立ち上がると、草鞋わらじも履かずに土間へと飛び降り、神棚から太刀を取って外へと飛び出した。


「騰蛇、朱雀! 儂の中に戻れ!」


 輝耶の胸元から赤黒い炎が飛び出て、陰直を追いかけた。


「祖父ちゃん!? 危ないわ戻ってきて!」


 いくら体を鍛えているとはいえ、六十五の男が泥棒と一騎打いっきうちするなんて応援できない。

 輝耶は祖父を引っぱり戻すべく、ぽっくりを履いて暗い中庭に出た。


 そこで祖父の姿をはっきりと見つけた。

 太刀が、燃えたぎる鉄色に輝いていたから。

 あの炎こそ、騰蛇が宿主の霊力を消費して創り出す『火乃縁勝ひのえんしょう』。

 斬ったもの全てを灰にしたとかしないとか、輝耶は実際に斬られた妖怪を見たことがないので詳しくない。


 祖父のとなりには、きょとんとした顔で屋根を見上げる朱雀がいた。

 攻撃担当が騰蛇なら、朱雀の力は守りだ。今はなんにもしていないが、『火乃縁守ひのえんじゅ』という明るい火色のかべを創り出し、たいがいの攻撃は防げるのだという。


 いずれも輝耶の前では使われていない技だった。


「どうやら、警戒けいかいせんでも良さそうだ」


 祖父が刀を、炎が灯ったままさやに収めた。

 はばきが鞘に当たる金属音が響き、力強い炎の輝きが完全にしずまる。


「なぁんだ。ぼく部屋に戻ってるねぇ」


 朱雀はきょうがれた顔で、離れへと戻ってゆく。


 はたして、祖父らの視線の先にあった者とは、


「お? おめぇ、輝耶か!? すっかりべっぴんになっちまってぇ、誰かと思ったぜ」


 屋根のふちに腰かける、見知らぬ少年だった。


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