第9話   小さな助けは、大きな励まし②

 そでの長いぶかぶかの漆黒色の着物と、むき出しの細い足に履いている高下駄たかげたが、月明かりでぼんやりと確認できた。


 輝耶は小首を傾げる。

「だれ? なんであたしの名前知ってるの?」


「けけけ、俺が色男んなりすぎて気づけねぇってか」


「んー? どこかで会ったっけ?」


「あっから名前知ってんだろ?」


 少年はそう言うと、柿の実のごとくぽとりと着地した。

 開けっぱなしの母屋からもれる灯りが、少年の容姿をゆらゆらと照らしだす。

 ぼさぼさの黒髪に、勝気かちきで生意気そうな顔つき。

 どこかで見たような、そうでもないような、輝耶は昔の記憶をあさるうちに、ふと、ある人物の面影おもかげを探り当てた。


「ああ! こ、小助!?」


「へへ、やっと気づいたのかよ。おっせーなぁ」


 輝耶に頓狂とんきょうな声で名前を呼ばれて、少年が嬉しそうに笑った。

「ほんとに小助!? どうしたの急に!」


「へへ、まぁ、ちょっくら?」


「うわぁ、久しぶり! 元気だった?」


「おう、元気元気! って言いてぇところだけど、なんでぇこの辺、息がまらぁ。魔除け貼ってんのか?」


 小助がしかめっつらで、片手を団扇うちわ代わりにぱたぱたした。

 そういえば、小助は妖怪だったなと輝耶は今更思い出す。


「うん、最近小さい妖怪が増えてね、野菜とかかじられちゃうから貼ってるんだ」


「ふぅん、そうかい。こっちは運び屋の一旦木綿いったんもめんに揺られて酔っちまったってのに、ゆっくりできねぇ世の中でぇ」


 ため息をつく小助に、祖父が不審ふしんそうな顔で歩み寄った。

「小助よ、ここへ何をしに来た。いつもは手紙で来訪の日程を伝えるではないか」


 小助がギクリと肩をふるわせたが、ごまかすようにくるりと陰直に向き合った。

「へへ、まあ、ちょっくら思うことありまして。そんでー、ちぃっとばかしここに泊まらしてくんねぇかな……?」


「妖怪を魔除け屋に泊まらせるわけにはいかん。店の信用に関わるのでな」


「……へっ、そうですかよ」


 小助がしゅんと肩を落とした。

 輝耶はなんとかしてあげたかったが、祖父の言うことも一理ある。


「そうだわ、母屋の二階が空いてる! 家の護符を全部がしちゃえば、小助も泊まれるわ!」


「これっ、店の沽券こけんに関わる」


「平気よ。あそこはお店の外からじゃ見えないし。ねぇいいでしょ~祖父ちゃ~ん」


 お願いっ、と祖父の太い腕に抱きついた。

 祖父はしばらく眉間みけんにしわをきざんでいたが、やがてため息一つ、許可してくれた。

「やったぁ! 小助、明日んなったらいっしょに遊ぼうね!」


「おう! おめえちっと見ねぇうちにやるようンなったなぁ! 爺ちゃんもありがとさん!」


 小助が大喜びで陰直の背中に飛び乗った。そして、すぐにパッと離れる。

「そうだ俺、土産みやげあったんだ。取ってくら」


 小助は高下駄でぐっと地面を踏みしめると、勢いよく跳躍ちょうやくして屋根の上に飛び乗った。

 天狗の身体能力は、人間のそれをはるかに凌駕りょうがしている。


「へへ、屋根に荷物忘れちまってた。この中に佃煮つくだにが入ってら」


 大きな黒い風呂敷包みを小脇に、小助が軒先のきさきから逆さまに顔をのぞかせ、そのまま前転して着地した。

 細っこい腕を風呂敷の中へ突っこみ、小さな包みを取り出して輝耶に渡した。


「俺が手伝いに入ってる江戸職人のおかみさんから、持ってけって押し付けられちまって」


「江戸ものなの!? わぁ、ありがとう!」


「へへ、あいっかわらず食いもんに目がねぇの安心したわ。んじゃあ今夜から世話んなら。よろしくな」


 嬉しい再会に、輝耶と小助は笑いあう。

 明日から小助をいろんなお店につれてって、楽しんでいってもらおう、そして今までどんなふうに過ごしてきたのか、たくさん話そう。

 輝耶の胸は華やいだ。


「そうだわ、小助にも騰蛇さんたち紹介しなくっちゃ」

「へぇ? もしかしてガキの頃、おめえをいじめてたっつぅ神将かよ」

「う……そ、そうよ。よく覚えてるわね」

「へへ、今度なんかあったら俺がまもっから、安心しねぇ」


 小助がえへんと胸を張った。


 しかし、離れの一室で読書中の朱雀は小助が会いに来ても生返事で、騰蛇は祖父の体から出てこないという不愛想ぶり。


「なんでぃてめえら! 挨拶あいさつぐれぇしたってなーんも減るもんじゃあるめーし! ちったぁ愛想良くしろや!」

 小助と神将がケンカばかりにならないか、早くも心配になる輝耶であった。


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