第7話   お札・お守り・火当屋③

 帳場ちょうばの奥にある二つの木戸のうち、左のを開けて、中庭に出た。

 ちなみに右は客間になっており、中庭を眺めながらお客と雑談ができるようになっている。


「転ばぬようにな」

母屋おもやまですぐそこよ。いつまでも子供扱いしないで」


 月明かりを頼りに庭を進み、ところどころ欠けた古い瓦屋根かわらやねの母屋に到着した。


 母屋の左隣りには二階建ての離れがあり、一階の二部屋を神将たちが使っている。と言っても、騰蛇だけいつも誰かの中で眠っているので、片部屋はたいがい空っぽだ。

 二階は両親の遺品が山のごとしであり、たまに輝耶と陰直が入って掃除する。


「ぼくお部屋で本読んでるねぇ。明日、貸本屋かしほんやさんに返さなくっちゃだから」


 用事があったら呼んでねと微笑み、朱雀は離れに向かった。

 無愛想で引きこもり気質な騰蛇と違って、朱雀はこの世にいる時間を有意義に過ごしている。


 輝耶は母屋の木戸をくぐった。行灯に火を入れると、こじんまりした生活空間が照らしだされる。

 土間どまにはかまどのある台所、居間には敷居しきいで区切られた二人分の仕事部屋がある。

 居間の両脇の木戸は、左が陰直の私室、右は輝耶の私室へとつながる。

 居間の奥には仏間があり、そこから続く階段から二階の物置へと上がることができた。


(広くなくても、我が家は落ち着くなぁ)


 輝耶はずーっと両手で運んでいた重たい太刀を、土間の神棚かみだなに、しかし届かないので代わりに祖父にそなえてもらった。

 大事な家宝でもある武器を、いつもここで清めている。


「今日もこの刀が使われなかった。良かったのう」


「うん……そうね。本当に良かった」


 輝耶は明日も刀を使わない日でありますようにと、神様に柏手かしわでを打ち、合掌がっしょうする手に力がこもった。

 祖父も手を合わせ、世の平和を願い、感謝の言葉を述べている。


 輝耶たちの所属する討伐組合の歴史は古く、占術せんじゅつ退魔たいまけた『安倍晴明』が創立して以来、じつに千年以上も続いていた。

 安倍晴明とは、当時の帝をたぶらかし、病に陥れた艶霧つやぎりを封印し、一躍名を馳せた偉大な存在である。(陰直談)


 艶霧は霊魂れいこんとなった後も、守護霊となっておのれ末裔まつえいを守護していた。それが艶霧の一族。


 そして晴明は火当家の遠い先祖。火当家の膨大な霊力は、晴明からの遺産とも言える。

 火乃神将ひのしんしょうを宿す火当家の他にも、水乃神将を宿す家系、同じく木乃神将を、金乃神将を、そして土乃神将を宿す家系が存在し、それらは皆晴明の末裔であり『陰陽五行家おんみょうごぎょうけ』と呼ばれた。


「さて輝耶よ。朝の商売に備えて品物を作りにかかるぞ」

「はぁい」

「勝手に外出した罰として、明後日あさっての分までやりなさい」


「え~? お風呂、遅くなっちゃう」

「これっ、湯をわかす時刻はとうに過ぎておるぞ。夜更よふけに大火たいか御法度ごはっとだ」


 輝耶はしぶしぶ返事をした。いつもお風呂は最寄りの風呂屋で済ませている。


 履いていたぽっくりを脱いで、畳の敷かれた居間にあがった。

 文机ふづくえに向かって座り、引き出しの中から何も書かれていない紙の束をペシッと取り出す。

 これにすみを含ませた筆で、ゆっくり丁寧に、買ってくれた人の身の安全を願いながら、守護という二文字を書き下ろすのだ。

 これがなかなか時間がかかる。


「さて、儂もお守りをこさえようかの。よっこらせっ」


 草鞋わらじを脱いだ祖父が、大きなかけ声とともに居間にあがった。

 それが本当に辛そうで。

 でも輝耶が支えてあげようとすると、祖父はふくれっ面で拒絶するのだ。

 まだまだ若い者の世話にはならぬ、と言い張って。

 死ぬまでつえも持たぬ! と豪語して。


 けれども後ろの敷居越しきいごしから、祖父が掛け声とともに腰を降ろす気配がした。


(祖父ちゃん、もう六十五だもんな……)


 頑固な祖父にため息一つ、輝耶は陶器とうきの水差しを傾けて、すずりに水を入れてゆく。


 高齢な祖父に、結婚をしぶる自分……。

 いくら魔除けが売れるとは言え、たった二人であきなっている店だ、品物を作るのが間に合わず、稼ぎはいつもそこそこだった。


(お城から結婚の催促さいそくが来るのも、当然か……)


 輝耶はしゅんとしたのだった。


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