第6話   お札・お守り・火当屋②

 十年前。

 輝耶が将来を誓った相手は、皇牙こうがという名の不思議な少年であった。


 当時、輝耶は五歳、皇牙は三つ上の八歳。

 先に想いを打ち明けたのは、皇牙だった。


『わたしと同じ姓にならないか?』


 輝耶はすごく嬉しくて、でも恥ずかしかったから、返事は明日にすることにした。


 ところが翌日、皇牙はいつまでたっても遊び場に現れなかった。


 何日もそんな日が続き、心配になった輝耶は、近隣の大人に尋ねてまわったが、誰も皇牙を見たことがないと言う……。


 輝耶は今でも、告白の返事が出せなかったことを後悔していた。

 とっても大好きで、ずっと守ってあげたい人だったのに。


「皇牙さん、すごく綺麗だし賢い子だから、もうだれかと結婚してるかもね」


「輝耶……」


「あたしはあたしで、お婿むこさんをもらって、お店をぐから。もっと商品作りの練習して、いつかここの女店主になるの! だから祖父ちゃんは、なんの心配もしなくていいんだからね」


 輝耶は明るく笑ってみせた。

 いつまでも結婚を渋っていると、祖父に心配をかけてしまう。


「お前をしっかりと愛してくれる男を選ぶのだぞ」


 陰直は、強気に振るまう孫の笑顔に胸が痛んだ。

 望まぬ結婚を、店のためだと言って承知しようとしている、

 その健気けなげな姿に、涙がぶわわぁっとあふれてきた。


「ちょ、ちょっと祖父ちゃん! なに泣いてるの!」


「やはり駄目だ! 儂はお前に、笑顔でとついでほしいのだ。皇牙殿どのでなければ許さん!」


「でももう時間がないわ」


妥協だきょうするな! なにが四ヶ月だ! 弱気になっては、会えるものも会えぬわ!」


 陰直は鼻をすすりながら豪語した。

 朱雀がかたわらでぱちぱちと手を叩く。


「近所迷惑よ! もっと小声になって」


 輝耶は口に人差し指を立てて、静かにするよう訴えた。

 どうしてこの爺さんは孫の恋愛事情にここまで熱くなるんだろうと、孫ながら不思議に思う。


「あ、そうだ祖父ちゃん、さっきいそかみ屋さんに泥棒が入ったの」


「なぬ、泥棒?」

 祖父が鼻をすすりながら、怪訝な顔をした。


「うん。それでね、その泥棒がちょっと変わってて、骨がないんじゃないかってくらい背中を丸めてたの。腕の長さもすごかった」


「ふぅむ、妖怪かのう。あの店は儂の護符をよく買っていくが、貼っておらんのか」


「貼ってたわ。大将から聞いたんだけど、お店だけじゃなくて母屋や蔵にも貼ってるって。今まで妖怪には一度も入られたことがないそうよ」


「では、妖怪ではなくて人間が侵入したのだろう。お前の勘違いだ」


「うーん、大将からも同じこと言われた。だから大将は、組合じゃなくて番所に通報してた」


物騒ぶっそうだのう。儂らも戸締まりに気をつけんとな」


 そうこうしている間に暮れ五つ(午後八時頃)を告げる鐘が鳴った。

 火当屋の閉店時刻だ。輝耶と陰直は店の板戸いたどを閉めて、朱雀が店内を照らしていた行灯あんどんの火を吹き消した。


(ほんとにあたしの見間違いだったのかな……)


 真っ暗になった店内で、輝耶はに落ちないが、あきらめることにした。


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