第5話   お札・お守り・火当屋①

 今日は品物がどれくらい売れたかと、輝耶は狭い店内を見まわした。


「ふえ……あたしの作った護符ごふが、一個も売れてない」


 店の両脇にある棚のうち、右の棚の真ん中の、綺麗に詰まれた小箱五つに、輝耶は顔が引きつった。

 朝と夕方に十枚入りのを、丹精たんせいこめてこさえたのに。


「あ、やだ、お守りも減ってない! 徹夜てつやして可愛くったのにぃ」


 左の棚には、桜の形に縫われた布製のお守りが、朝に並べた姿のままに並んでいた。


 陰直と輝耶が営むこの『火当屋ひあたりや』は、妖怪を寄せつけない効果を誇る『魔除まよけ』を売っていた。

 魔除けは部屋の出入り口にると、その部屋だけ妖怪が入れない。

 寝室や、高価な物を保管する蔵など、ほどこす場所は人それぞれ。


 棚には他にも、白い紙に包まれた清めの塩やおみくじなど、その品ぞろえは、まるで神社のようだ。


「祖父ちゃんのばっかり売れてる……。やっぱりあたし、才能ないのかな」


 輝耶の作る魔除けはどれも値段は安いのだが、効果が一月ひとつきたない。

 比べて祖父が作った品は、値段は高めだが効果が一年以上も続く。

 売れ行きが良いのは、祖父のほうだった。


「才能とは安易な評価だぞ、輝耶よ。努力するうち開花してゆく能力もあれば、

 歳を得て自然と身につく力もある。お前は儂の孫だ、どんな形であれ、いつか花開くと見込んでおるぞ」


 祖父からふいにかけられた言葉は、落ちこんでいた輝耶の胸にどーんと響いた。


「祖父ちゃん……!」


 こんな、食べ歩き大好きで食いしん坊で、夜は言いつけを守らず内緒で外出してしまう自分に、そんな期待をしてくれてたなんて。


 輝耶は祖父に心配させてしまったことを深く反省した。

 二度と夜歩きしないとは言わないけれど。


 ところで、魔除けを作るには、特殊な材料が必要である。

 樹齢じゅれい豊かな御神木ごしんぼくや化石、日光に湧き水に雷などの、大自然から生まれる清らかな力だ。

 それらは『霊力れいりょく』と名付けられ、妖怪だらけの貴雲藩では重要視されている。


 妖怪は霊力が不自然に強い場所に来ると警戒し、その場にいるのを避けたがる。


 まれに人の身で霊力を多く生み出せる者がおり、純度の高い霊力を、一日で大量に生み出せる者ほど『優れている』と評価された。


 優れた霊力を生み出す者は魔除け屋として商売を始め、霊力を物に移して魔除けを作る。


 輝耶の霊力は純度が低いらしく、効果の薄い魔除けばかりが出来上がる。


「よぉし、未来の女主人になるためにも、明日から猛練習よ!」


「輝耶ちゃん、がんばってぇ。きっと大丈夫だよぉ」


「うん、ありがと! ああもう朱雀さんは可愛いなぁ!」


 輝耶は朱雀をギュッと抱きしめた。

 ふわっふわの髪の毛が指に触れて気持ち良い。


 陰直は、未来の女主人という言葉にギクリとした。


「輝耶よ、じつは少し前に……貴雲城の役人がここに来てな」


「え? お城の人がなんで?」


「お前が十五を迎える前に、婚礼話をまとめよと言うてきての」


「え、もう!? あと四ヶ月しかないじゃない」


 輝耶は朱雀を放して、しばし戸惑った。


 魔除けは作り出せる者が少なく、作れる才能のある者はとても重宝されている。そして魔除け屋の血筋が絶えぬよう、結婚が藩命として下っていた。


「おせっかいよね、お城の人も」


「しかたあるまい。儂らの力は、妖怪との共存に不可欠だ」


「そうよね、絶えちゃったら困るわよね……」


 輝耶は大きく肩をすくめた。

 これまで縁談えんだんはいくつかあった。


 武家出身である討伐組合の親方からも、身分なんてどうでもいいから孫の嫁にきてほしいなんて申し出を頂いたこともあったけれど、輝耶はどの縁談も丁重にお断り申し上げてきた。


 幼い頃からずっと大切に想う人がいるから。


「まだ皇牙こうが殿どのが、あきらめきれぬか」

 心配げな祖父の声に、輝耶は首を横に振ってみせた。


「命令が来たなら、従うわ。早くイイお婿むこさん見つけないとね」


「儂は、お前の望んだ男と添わせてやりたいが……十年も行方知ゆくえしれずではのう」


 祖父の声が、とても辛そうだった。


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