第4話   朱雀と帰路につく

「良かったねぇ、ケガ人いなくて」


「でもいそかみ屋の大将ってば、人間の泥棒にやられたんだって言ってた……。あたしの見間違いだったのかな」


「輝耶ちゃん、そそっかしいからね~」


「う……。祖父じいちゃんが待ってるから、早く帰ろう」


 納得のゆかないまま、輝耶は朱雀と家路いえじを急いでいた。


 あれからいそかみ屋には、店員の通報を受けた番所の者が駆けつけた。

 番所の調べでは、泥棒はいそかみ屋が蔵を開ける時刻を狙い、家宝の『つばくらめ子安貝こやすがい』なる金の文鎮ぶんちんを強奪していた。


 あれは困ったときに売ろうと思っていた大事な物だったのに、と大将が落ちこんでいたのを輝耶は思い出す。


(金の文鎮の、燕の子安貝か……。どんなのだろ、ちょっと見てみたかったかも)


 朱雀の話によると、本物の燕の子安貝とは、つばめが卵の代わりに産み落とす小さな貝だそうで、文鎮にできるほどの重さはないのだという。


 盗まれたのは、燕の子安貝の、模造品もぞうひん

 大将が言うには、アレは鍛冶屋をいとなんでいた大妖怪の一本タダラが、丹誠たんせいこめて作り上げた傑作けっさくで、一本タダラの妖力が凝縮されているのだという伝説があるらしい。


(もしかして恋人に贈るための作品だったとか……そうだったらステキだな)


 町と町をつなぐ太い橋を渡ってゆき、輝耶たちは朱雀町のとなりの、大裳たいもまちへと急いだ。


 大裳町は雑貨を売る店が多くあり、荒物屋あらものやをはじめ、桶屋おけやや染め物屋などがのきを連ねる。


「あ、輝耶ちゃん見てぇ。あの女の人、美人だねぇ」


 朱雀が急に立ち止まり、たった今渡ったばかりの橋を戻ってゆこうとした。


「朱雀さん待って! もう帰らないとさすがにまずいわ」


「ああ、あの男の人もいきな感じがいいねぇ」


「まっすぐ走って朱雀さん!」


 美人を見つけてはふらふらと寄っていく朱雀の手を、輝耶は引っぱって走った。


 輝耶の店は、大裳町を突き抜ける子安貝大通りを、南に数本入ったところに建つ、長屋と長屋に挟まれた小さな店だ。


「うっ」


 到着した自分の店の前で、輝耶は思わず足が止まった。

 開け放たれた店の奥から、橙色だいだいいろあかりが漏れている。


 それだけならば、いつもの光景だが、問題は阿修羅像あしゅらぞうのごとく恐ろしい形相ぎょうそうで立っている大柄おおがらな老人……輝耶の祖父、火当ひあたり陰直かげなおであった。


 良い感じに酔っぱらっている中年男が、陰直を見るなり慌てて引き返した。


「うっわ、祖父ちゃん怒ってる……」


 輝耶はなんとかお説教を喰らわない方法はないかと考えたが、何も良い案が浮かばず、けっきょくおとなしく陰直の前にやってきた。


「どこへ行っていた輝耶よ!」


「ご、ごめんなさい。ちょっと朱雀町までお蕎麦を食べに」


わしとの約束はなんであったかのう!」


「……夜、外出するときは、行き先を祖父ちゃんに伝えて、絶対に一人で出歩かない、です」


 輝耶は気まずく目を逸らしながら、とつとつと答えた。

 けれど、行き先を伝えれば心配性な祖父が、騰蛇か朱雀を付き添わせようとするのだ。

 息抜きどころではなくなってしまうから勘弁かんべん願いたい輝耶である。


 通りを歩いている者が、輝耶ちゃんまた怒られてるぞとひそひそ言うのが聞こえた。


「じ、祖父ちゃん、そんな怒らないでよぉ。人が見てるじゃないの、恥ずかしい」


「恥ずかしいのはお前の格好だ。そんな裾丈すそたけの短い着物で夜道を歩くでない!」


「いいじゃない。これ動きやすいし、可愛いし」


不埒ふらちやからに襲われたらどうする! おじぃちゃんは心配だから怒っておるのだ!」


 静まるどころか、ますます声を荒げる陰直。


 今や火当姓を名乗る人間は、陰直と輝耶の二人だけ。

 陰直は老いた男手一つだけで、大事に大事に手塩にかけて輝耶を育ててきたのだった。

 だから、輝耶のことが心配で可愛くてたまらない。

 特に年頃で活発になり、いっぱしに反抗もするようになったときては。


「むぅ。たまの夜遊びくらい許してよ。あたし朝と夕方がんばって働いてるじゃない」


「駄目だ。夜の一人歩きは断固として禁止する!」


 陰直がぴしゃりと言い下し、輝耶の腕を掴んで店の中へと引っぱっていった。


「あはは、おじいちゃん怖いねぇ」


 朱雀が笑いながら、引っぱられてゆく輝耶についていった。


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