第2話 やっぱり30年後でした

 30年後にタイムスリップした夢を見た。アイドル嫌いの俺は、30年後のテクノロジーで衝撃的な出会いをした。雑誌のグラビアページを開くと、まるで目の前に生身の人間がいるかのような感覚で、アイドルが近くにいる。あまりにも可愛くて、不覚にもアイドルに恋してしまうところだった…いやぁでも可愛かったなぁ。あの夢なら一生見ていても良いかもなぁ。


 そんなことを考えているのか考えていないのか分からない状態で目が覚めた。外は暗くなっているようだ。寝惚け眼で電気をつけにいく。…そういえば腹減ったままだったんだっけ。カップ麺買ったような…。

 ソファに戻ると、寝る前にコンビニで買ったカップ麺とパンがあった。ひとまずパンを口にしながら、湯を沸かしにいく。


 …ん?


 このパン、夢の中で買わなかったけな。パッケージを見ると、「コーンとマヨネーズたっぷり!」なんて書いてある。急激にコーンパンが食べたくなったんだが、見たことのないパンだったんだ。…てことは。走り気味でソファに向かう。

「ユメミー!」

 大きな瞳と小さめの鼻、ふっくらとした唇。焦らすように見つめてくる水着姿の女の子が、そこにいた。女の子の写真の左下には、”期待の新人・山吹ヤマブキ望未ユメちゃんと至福のひとときを…♡”と、青々とした色のゴシック体で書かれている。

 俺は少年誌を開いた。微笑みかけてくるユメミーを、肌身で感じる。

「いつもありがとう」

 脳内に響く甘い声に、「いやいやいや、こちらこそありがとう!」と答えた。ああ、なんて柔らかいんだ。なんて良い匂いなんだ。


 …って、あれ。正気に戻った俺は、カップ麺を見た。やっぱり夢で買ったカップ麺だ。見たことないけど美味しそうだと思った、シーフード入り醤油ラーメン。というか、夢で買ったものまでこんなに鮮明に覚えているなんて。こんな経験、俺にはない。夢ってもっとぼんやりとしてて、思い出せたつもりでも曖昧で霞がかっていて…。

「カタカタカタ、カタカタカタ」

 湯が沸きやかんの揺れる音が脳内に直接響いた。聞こえるのではない、響くのだ。そう、この感じ。この感覚は夢の中で感じた不思議なものだ。

 

 …てことは、夢じゃない…?いや、一生見ていて良い夢だと思ったような気がするけれど、本気で30年後にタイムスリップとか洒落になんねぇよ。どこだよ、ここ。あ、30年後の俺の家か。何で俺の家は変わらないんだよ!


「シュー、シュー」

 やかんから湯が吹きこぼれる音が脳内に響いた。慌ててキッチンに向かう。混乱していた俺は、とりあえずカップ麺に湯を注いだ。”湯を入れたらそのままかき混ぜて食べてください”とか書いてやがる。3分待たねぇのかよ!食べてみると、今までに食べたことがない味がした。とにかく濃い味付けで、何の調味料を使ったらこんな味になるんだ…と顔をしかめる。海老のぷりぷり加減は絶品だった。

 何?これが未来の味?近未来の奴らって、すげー濃い口好みなんだな。


 そうだ、スマホ。スーツの上着を探ると、手のひらよりも小さい物体が出てきた。これ、何?スマホ?扱い方が分からない。電源ボタンもない。四苦八苦してみたが、全然つかない。

「なんだよ、さっさとつけよ!」

 イライラして思わず叫ぶと、その物体の画面が明るくなった。起動音が脳内に鳴り響く。…え?何でついたの?


「…意識だ」


 話しかけるのも意識、金を払うのも意識。この世界は大体意識で動かせるのではないか。写真のユメミーがあんなにリアルなのも、意識に訴える技術が進歩したから…?『ユメミーを画像検索』。そう意識してみた。そうすると、リアルなユメミーが次々と出てきた。スマホらしき画面にではない。脳内に、だ。マイクを持って踊る姿、笑顔でインタビューに答えている姿。全部可愛いなー…と思っていたところに、知らないオッサンが出てきた。ユメミーの時間を邪魔されて、思わず「誰だよ!」と突っ込む。すると、オッサンの情報が出てきた。


”加賀見拓郎。山吹望未がアイドルデビューする以前、映画で共演。「初めてのキスシーンにドキドキした」と山吹は語っている”


 こういう情報が、脳に貼りつくような感覚で入ってくる。その情報は文書状態だ。どうやら自分が読み終えると自動スクロールしていくようで、マイペースで読める。

 …というかキスシーン!?今キスシーンって書いてあったよな!?そう思うと、文書が前にスクロールされ、キスシーンと明記された部分がもう一度出てきた。「いや、いらねぇよ!」。また思わず突っ込んでしまった。そうすると、パッと文書が消え、オッサンの写真に戻った。小太りで若干禿げたオッサン。整えているんだか整えていないんだか分からない髭。役作りだったのを考慮しても、このオッサンとユメミーがキスしたなんて信じたくない。

 俺はオッサンに固執するのをやめ、ユメミーの情報を漁った。


 彼女は現在16歳。実は子役デビューしていて、脇役で活動していたようだ。転機は15歳のときで、憧れていたアイドルグループに応募。数万人の応募者から異例の1人合格。加入直後にセンターでデビュー。歌もかなり上手く、天は二物、いや、三物以上を与えたようだ。そのアイドルグループ名は”リトル・ドリーマー”。通称”トルドリ”。ファンは”コトリ”と呼ばれているらしい。ユメミーの名前”山吹ヤマブキ望未ユメ”は本名らしく、”まさにトルドリに入るために生まれた存在だ”と言われているそうだ。俺もそう思う。


ユメミーが歌っている姿を見たくて、動画検索してみたが、これもまた強烈だった。すぐそこに、動くユメミーがいるのだ。動くユメミーの可愛さは、この世のものと思えなかった。10人グループで、ほとんど他のメンバーと歌っている。たまにあるユメミーのソロパートは、俺を感動させた。甘いのに芯があり、もうこれはアイドルではなくソロアーティストとしても売れるのではないか。そう感じるくらいだ。

 ユメミーが可憐に動くたび、俺は魅了された。その所作一つひとつが可愛い。その表情一つひとつが可愛い。そんな夢のような女の子が、目の前にいるのだ。


 俺はユメミーの動画をずーっと眺めていた。


「うん、やっぱり悪くない世界だ」

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30年後の世界でドルヲタになった俺 西田彩花 @abcdefg0000000

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