マフラー

手袋を貰ったおかげで外に出ることが多くなった

正しくは屋敷の内側にある庭園と近所の広場

庭園には趣味で手入れをしている――さんや手袋を作ってくれた――さん

僕には分からない植物ばかりだったけれども手袋をして茶色くならないのを確認していると、定期的に来ている――さんから名前を教わることが多くなった。同時に――さんから薬草やら薬やらと語ってくれる。

兄さんたちとの交流が増えた。機械人形のようだった僕に自己が生まれ始め、兄さんたちがやっていることを真似してみたり、礼儀作法を少しずつ教えてもらう。

そうすると身体の中が暖かくなり、心臓の音が大きくなる。とても不思議だけれど、どこか嬉しかった。

相変わらず僕を引き取ってくれたおじさんは仕事が忙しくて会えない日が多く、少し心許ない。

名前が分からない感情を持ちつつも兄さんたちがいることで少しずつ変わっていく

朝起きて、まず顔を洗う、寝間着を脱いで洋服を着る、食堂に行き兄さんたちを朝食をとる。

歯を磨き、仕事に行く兄さんたちを門前まで見送ると、――さんとお姉ちゃんの手伝いをした。どれも初めてのことだったから最初は失敗ばかりで何度殴られるかと思ったが、思えば――さんも兄さんも――さん、お姉ちゃんも怒ることはなかった、叱るだけで諭してくれる。

今を考えれば何と恵まれた環境に居たのだろうか。思い出すだけで涙が出てくる。

手伝いが終われば自由時間で非番の兄さんたちに誘われない限り、僕は外に出、庭園の中を散策していた。近場の広場――屋敷に隣接している――なら一人で外出しても良いと――がおじさんに、進言してくれたおかげで寒い中、帽子と手袋をつけて僕はうろうろと植物を見たり、生物をつついたりして『遊んで』いた。

ある日、自由時間になった為、身支度をし外出しようとする僕をお姉ちゃんが小さな声で「待って」と言う。お姉ちゃんは『内気』と言うらしく、お喋りが得意じゃない。僕もそうだから、お姉ちゃんが近づいてくるまで待つ。

僕の目の前に来るとお姉ちゃんは屈んで手に持っていた赤い布を首に巻いてくれる。

ぱちくりと頭の中で「これはなんだろう」と思っていると僕のことを分かっているお姉ちゃんは「マフラー、だよ」と言う。

「この頃、お出かけすること多く、なった、でしょ?」

確かに、あまりに出かけるので――さんが上着? という物を貸してくれた。

「マフラー、は、ね。首が、寒くならない、よう、なの」

そう言ってお姉ちゃんは僕の首に優しく赤くふわりとしたマフラーというのを巻いてくれた。

手触りはなんとも言えない、その時の僕には形容しがたいものだったけれど、首に感じていた『寒さ』は和らいだ気がした。しかし首に巻くと言うのは少し緊張する。

ここに来る前のことを思い出す。

それを分かっているお姉ちゃんは、ゆるくゆるく縛り付けないよう優しく何重にも巻いてくれた。

「は、い。お外、いって、らっしゃい」

帽子、手袋、マフラー

僕はちらりとお姉ちゃんを見た。視線としては「もらっていいの?」だった。

立て続けに兄さんにお姉ちゃんに物を与えられ、正直、僕は戸惑っていた。

何故、こんなことをするのだろう、と

「プレゼ、ント。お外、いける、よう、になった」

『プレゼント』知らない単語だけれども、お姉ちゃんは嬉しそうに笑うから、こういう時は「ありがとう」と言うのがいい、はず。

お姉ちゃんを見ながら僕は「ありがとう」と小さく言う。相も変わらず声の出し方が分からない。

それに満足したのかお姉ちゃんは僕の頭を一撫でして、もう一度「いってらっしゃい」と言い、見送ってくれた。その時の僕は、朝の兄さんたちが仕事に出かける時の様に手を振った。

お姉ちゃんは吃驚した顔をしてからプレゼントを渡してくれた時よりも柔らかく嬉しそうに手を振り返してくれた。

今日は寒いと天気予報が言っていたけど、僕は寒くない。

暖かい日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る