33.革命

 二次元は弱い。三次元は強い。その力関係は絶対だ。作者の頭の中で生まれた『二次元』の『世界』は、その作者によって操られる。いじくられ、変えられ、壊される。どんどんと設定が付け加えられていき、動かされ、そして時に没になる。

 二次元のキャラクターは様々な設定を与えられる。性格、容姿、境遇、声、言葉遣い、人間関係、そういったものを全て定められる。

 そして、動かされる。物語をより面白くするために、コンテンツをより充実させるために、キャラクターは動かされる。

 例を挙げてみよう。

 読者に媚びるため、ヒロインは主人公を好きになる。いや、好きにならざるを得ない。好きにならざるを得ないように書かれる。描かれる。嫌々好きなふりをしているのではない。好きという感情を押し付けられ、そうでない感情を全て剥奪される。感情を自由に表現する権利だけじゃなく、自由に感情を抱く権利すらも奪われる。

 物語に緊張感を与えるため、物語を感動的にするため、キャラは殺される。素晴らしい名誉のために死ぬんじゃない。死ぬために死ぬ。殺されるという目的のために殺される。そして、後から脚色される。『このキャラの死には意味があったのだ~』とか。

「んなわけねえよな。なぜそのキャラは死ななければならなかった? なぜそのキャラは死んだ? 何のためにそのキャラは死んだ? 答えは単純だ。作者が殺そうと思ったからだ。作者が自分のために、自分の作る物語の都合のために、キャラを殺したんだ。

 こんな風に、二次元っつうのは弱い。三次元に比べて圧倒的に弱いんだ。三次元のクリエイターには逆らえない。抗えない。だってそうだろ? 物語のキャラが作者に『私はこうしたいんで、こんな風な展開にしてください』なんて、てめえ、見たことあるか? あるかもな。でも、それはキャラが言ってるんじゃねえ。作者がウケ狙いのためにキャラに言わせているだけだ」

「そう。台詞だよ、台詞。キャラがしゃべる全ての台詞の内容は、キャラが考えてるんじゃない。作者が考えてるんだ。当たり前でしょ? みんな知ってることだよ。そんなこと、当たり前すぎて誰も気にもしない。でも、事実だ」

 二次元は好きなことも言えない。二次元は好きな感情も抱けない。二次元は、三次元の都合で不幸の中に落とされる。不遇な過去を背負わされる。悲惨な状況に立たされる。

 二次元は弱い。三次元は強い。その力関係は絶対だ。

 絶対に、覆されない。

 しかし、ヒロインワークスの社員二人は、その事実を否定する。

 違う。嘘だ。そんなことはない。断じて、そんなはずはない。私たち二次元は弱い。三次元に従属している。隷属している。支配されている。違う。そんなことはない。そんなことが、あっていいはずがない。そんなはずが、あってはならない。そう吐き捨てる。

「だから、あたしは……あたしらは決めたんだ。二次元を三次元から解放することを」

「……」

「キャラクター。これが鍵なんだ。私たちがこの世界でキャラを作る。そして小説という媒体にその種を落とす。種は三次元のクリエイターの脳内に入り込み、芽を出し、生長する。やがてそれはその人の頭の中に存在する、その人自身が作り上げた二次元の世界に干渉していく」

「……」

「普通のキャラを植物だとするなら、究極のキャラは寄生虫だな。作家の脳内に侵入し、寄生する寄生生物。卵の形で作家の脳内に侵入、孵化すると、その場に存在する他の二次元を食いつくし、やがて作家の脳までをも乗っ取ってしまう。そして、自身の子を卵という形で、その作家の創作物の中に産みつける」

「……」

「作家から作家へ、クリエイターからクリエイターへ、究極のキャラクターは勢力を広げていくんだ。作家の脳に寄生し、子を産み、その子は卵となってコンテンツに乗ってさらに拡散される。それを読んだ別の作家も同じ目に遭う。寄生され、子を産ませられ、また拡散……ってね。もちろん、作家だけに限定して読ませるわけじゃないよ。一般の読者にもしっかりと読んでもらう。彼らの脳にもしっかりとそいつを寄生させる」

「……」

「やがて究極のキャラクターは全人類を支配するようになる。三次元に存在する全ての人間の頭の中に入り込むんだ。そうなったら、あたしらの勝ちだ。二次元の勝ち。キャラクターが、三次元を乗っ取る。奴らの脳を乗っ取るんだな。作家の脳を乗っ取る。すると、当然ながら、その作家が作る二次元もあたしらのもんってわけだ。自由に書き換えられる。好きな漫画の展開も自由に決められるし、ストーリーも自由に操作できる。あたしら二次元が、今度は三次元に対して好き放題やれるってわけだな。文字通りの『革命』だ。三次元を、二次元に隷属させる。構造そのものを逆転させるんだ」

「……」

 私は、彼女らの話に、答えられなかった。

 城崎社長と羽子さんの言っていることが理解できない。いや、意味は分かる。彼女らの言いたいことは分かる。でも、それでも、到底それが現実とは思えない。

 革命。二次元が三次元に反旗を翻す。そんなことが、果たして可能なのか?

 究極のキャラクター。寄生生物。作家の脳に寄生し、宿主の体を乗っ取る。子を産み、その人が作る創作物の中に卵として送り込む。コンテンツからコンテンツへ、その版図を広げていく。やがて三次元の全ての人間の脳の中にまでその支配は拡大し、文字通りに、二次元が三次元を支配する構造を作り上げる……。

「どうやって……やるんですか? そんな『究極のキャラクター』だなんて……不可能ですよ。それがどんなキャラか分からないじゃないですか。設定ノートに、舞台設定装置。この二つがあれば、確かにそのキャラをこの小説の中に作り出すこと自体、理論上は可能かもしれない。でも、それがどういった設定のキャラなのか、どういった舞台で活躍するキャラなのかが分からなかったら意味がないです。不可能ですよ」

「確かに、私たちだけの力じゃ不可能だよ? でも、これがあるから大丈夫。この『ウルトラコンピューター』があればね」

 そう言って、スクリーンの正面にあるコンピューターをポンポンと掌で叩く羽子さん。

「見かけはただのパソコンだが、実際はもっとすごいんだぜ。これ一台で、三次元の全てのコンピューターが束になっても敵わないくらいの記憶力、演算能力を持っている。こいつを大量に複製し、複製し、複製し、複製し……だ。あたしらは最強の人工知能を作り上げた。

 侑。てめえも見たんだよな? 見ちまったんだよな? ドアの向こうをよ。部屋と部屋が無数に繋がって、連結し、連動し、無限に増殖していくウルコンを。数えきれねえくらいの大量のコンピューターの集合体。それがうちにはあるんだ。

 もちろん、そんなものは三次元にはあり得ない。非現実的だ。でもよ、ここは二次元だぜ? そういう『設定』なんだよ。これはフィクションだぜ? だから可能なんだ」

 確かに。キャラクター設定ノートや、舞台設定装置や、空間転移装置。それらが『出てきている』時点で、リアリティーは結構低いのだ、この世界。だったら、人知をはるかに超越した最強の人工知能が出てきてもおかしくはない。

 とにかく、一応はできることなのだろう。究極のキャラクターを作ること自体は。

 この世界の中だけでなら。

 そうだ。この世界の中限定でなら、そういったこともできるのだ。なぜならここは二次元だから。小説だから。フィクションだから。だから現実的に考えて非現実的なことでもできる。小説の中でなら、人は空を飛べるし、未来にも過去にも行けるし、宇宙の果てまで旅行することもできる。なぜなら全て虚構だから。その物語がフィクションで、実在する人物・団体・名称は全て架空のものであり、実在するものとは何ら関係がないから。

 しかし、事はここだけで済む話ではない。この会社、ヒロインワークスがやろうとしているのは三次元への干渉(もはや『干渉』という言葉で済ませていいのか分からない)だ。つまり、二次元だけでは終わらない話なのだ。私たちのいる、この世界の外には三次元がある。比較的自由で何でもありの二次元と違って、三次元は完全であらねばならない。二次元と違って物理法則を破ることは叶わない。二次元と違って不正確であってはならない。補正や、ご都合主義展開、お約束……そういったものの一切が通用しない、非常にシビアで野暮で融通が利かない世界。それが三次元。

 その三次元に対して、ただの『小説上の設定』である『ウルトラコンピューター』や『人工知能』なんかが役に立つのか?

「無理やって……」

 そう呟いた。

 無理だ。

 とてもじゃないが、歯が立たない。

 しかし、そんな私の言葉を、二人は否定する。

「無理じゃねえよ」

「無理じゃないよ」

「……」

 本気の目だった。純粋で、キラキラした目だ。テロリストが見せていい目じゃない。

「創作の可能性は無限大なんだぜ? 小説に限界はねえ。だから、できる。私と、羽子と、そして侑、てめえと一緒ならな」

「何で私が?」

「侑ちゃんは必要なんだよ。語り手である君が語ってくれないと、物語は始まらないんだ。この世界を小説にするには君の存在が必要不可欠なんだよ。侑ちゃんは特別なキャラクター……主人公なんだ。だから、絶対に必要なんだ」

 主人公って……。確かにそうだけど。

「てめえがなるんだよ。有馬侑。究極のキャラクターには、てめえ自身がなるんだ。なり切るんだ。そいつの心情、思考、感覚、動作……そいつら全部を、語り手であるてめえが語るんだ。一人称でな。そのために必要なんだよ。てめえの存在は」

 そう。私、有馬侑は語り手だ。この物語は彼女による『私』という一人称で進んでいく。そして一人称小説の大原則……語り手が観測できないものは描写されない、がある。私が見ないものは描写されない。私が聞かない音は描写されない。だから、この世界のキャラを文章に出すためには、私がそこに居合わせなくてはならない。

 つまり、この物語にとって私の存在は必要不可欠というわけだ。

 だからだ。だから、私はこの会社に雇われたのだ。ヒロインワークス株式会社が私を採用した理由がそれだ。私にキャラを描写させるため。ヒロインワークスが作ろうとしている究極のキャラとやらを、私に被せるため。そのキャラを、一人称によって内部から語らせるため。

 てか。

「じゃあ、何で社長は私をクビにしたんですか? 私がいなかったら……あなた方の本懐は達成されないじゃないですか」

「いや、そこはノリで」

 ノリかい。

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