31.二次元の正体
「侑ちゃんはさ、二次元の世界は、どこにあるんだと思う?」
……どこ?
「紙の向こう、モニターの向こうじゃないんですか?」
二次元とは文字通り『平面』のことだ。二次元とは基本的に平面の向こう側に存在している『絵』のことだ。
しかし、羽子さんは、
「違うよ」
と、私の言葉を否定した。
「二次元は紙面上にあるのではない。モニターの向こうにあるのでもない。二次元っていうのはね、侑ちゃん。三次元の人間の頭の中にあるものなんだ。三次元の人間の頭の中で作られるものなんだ」
「頭の中……ですか?」
「うん。漫画や小説、ライトノベルの読者、映画の観客、アニメの視聴者、ゲームのプレイヤー……彼らは彼ら自身の頭の中で『二次元の世界』を勝手に作り上げているんだ。
だって、絵でしょ? 所詮、アニメなんて動いて音がするだけの絵でしょ? 漫画なんて、コマの中の絵でしょ? ゲームだって、自由に動かせるだけの絵だよ。それなのに、何で人はそれにのめり込むのかな?
文字でしょ? 小説やライトノベルなんて、ただの文字でしょ? 字が何万も並んだだけの紙の束だよ。それなのに、何で人はそれにはまるのかな?
答えは簡単だよ。彼らは自身の頭の中に、その世界を勝手に作り上げてるからだ。漫画を読めば分かるよ。コマの中に全てが描かれているわけじゃない。コマの外の様子は分からない。でも、人はそれを脳内で補完して読むよね? それと同じなんだ。
コンテンツは全てを語らない。
二次元は、所詮、人の頭の中で勝手に想像される世界、創造される世界に過ぎないんだ。
キャラクターは、所詮、人の頭の中で勝手に生を受ける存在に過ぎないんだ。
もう分かったでしょ? キャラクターはいつ生まれるのか。それはね、読者、観客、視聴者、プレイヤー……そういったコンテンツの『受け手』が、それを『キャラクターだ』と認識した瞬間に生まれるんだ」
羽子さんは、そこで一息吐いた。
私は、彼女の言葉を頭の中で咀嚼する。噛み砕く。飲み込む。消化する。吸収する。
楽なものだ。
それはあまりに、単純な情報吸収だった。
羽子さんは何ら奇抜な話をしたわけではなかった。
羽子さんは何ら斬新な説を提唱したわけではなかった。
キャラクターは、三次元の人間がそれをキャラクターだと認識した瞬間に生まれる。三次元の人間がそれをキャラクターだと認識した瞬間に、記号としてのキャラクターは真の意味でのキャラクターになる。
「当たり前、ですよ。羽子さん。そんなのは当たり前のことです。こんなとこまで来て、わざわざ言わなくてもいいじゃないですか」
当たり前すぎて、頭から抜け落ちてしまっていたことだ。それを、羽子さんは改めて言葉にした。だから、私はその事実をすんなりと受け入れられた。思い出したと言ってもいい。
「そりゃ、ここまでの話は常識だからね。大切なのは次からだよ。侑ちゃん。
キャラクターはいつ、どこで生まれるのか。
その答えは、受け手がそれをキャラクターであると認識した瞬間に、その人の頭の中で生まれる、だね。
つまり、そのキャラクターは、一人目の読者に認識された瞬間に、初めて生を受けることになる。一人目の読者……つまりは『作者』だね。作者っていうのは、その世界の『創造主』であると同時に、一人目の『受け手』なんだよ」
「三次元の世界で最初にそのキャラクターを認知するのが、そのキャラクターを創り出した作者本人である……ってことですか」
「そう。これも当たり前の話だね。キャラクターは作者の頭の中で生を受ける。そして、そこで生きる。キャラっていうのは初めは作家の脳内にいるんだね。つまり、二次元というのは三次元のクリエイターの頭の中で創り出された世界のことである……ってこと。
そして分散する。
キャラは、世界は、クリエイターによって拡散されるんだ。様々な『コンテンツ』によってね」
「作家が書いた小説によって、その世界が広がっていくってことですか? 作家の脳内にのみ存在していた世界が、小説を媒介に読者の頭の中に作られていく、世界が広がっていく……ってことですか?」
「そうそう。そうだよ、侑ちゃん。メディアは何も小説だけじゃない。漫画、アニメ、映画、ゲームを通じて、世界は拡大していく。作家の頭の中から、消費者の頭の中へ伝わっていくんだ。だから『二次元』っていうのは『コンテンツそのもの』のことじゃない。コンテンツっていうのは世界を広げるための媒体に過ぎないんだ。道具だね。二次元の『種』を運ぶものって感じ。
キャラは本の中に生きているんじゃない。本を読んだ三次元の人間の、その頭の中に生きているんだ。世界は本の中にあるんじゃない。本を読んだ三次元の人間の、その頭の中にあるんだね」
二次元は三次元の人間の頭の中にある……という、羽子さんの言葉。
その通りに考えると、全てに納得がいく。なぜ人は二次元にはまるのか。ただの絵なのに。それなのに、なぜ人は、というかオタクは、二次元に対してあそこまでの情熱や執着を見せるのか。
それは、二次元がその人の頭の中にあるからだ。だから、二次元と自身とを分けて考えられない。キャラが、その人の頭の中に定着して動き回るから。キャラが、その人の頭の中で生きているから。だから切り離せない。
オタと非オタの境界がそこにある。コンテンツによって運ばれてきた二次元の『種』と、頭という『土壌』との相性の問題なのだ。はまる人はその相性がよく、はまらない人は相性が悪い。種の土壌への定着が悪い。
「脳内補完がその一例だね。小説は、まさに『文字』だ。挿絵のあるものもあるけれど、基本的には文字しかない。読者はそれら文字から自身の頭の中にビジョンを作る。でも、文字だけでは世界の全てを語れない。書かれていないこと、描写されていないものを、読者は脳内で補完する。これが可能なのも、二次元が三次元の読者の頭の中に存在するがゆえだよ。読者が補完するんじゃない。頭の中に入った二次元の種が芽を出し、脳の機能を引き出して、世界をより精密なものへと変えるんだ。もちろん、キャラクターたちや世界そのものに、そんなことをしている意識なんてないんだけどね。ここまで分かった?」
「……はい」
「うん。じゃあ、次が本題だね。我がヒロインワークス株式会社の基本業務は『キャラクターの設定を作り、それを実演し、三次元のクリエイターたちに読ませ、そのキャラを彼ら彼女らが作る創作物の中に産み落とさせる』……だ。
これを言い換えると、我がヒロインワークス株式会社の本当の業務は『キャラクターの設定を作り、キャラクターの種を作り、それをクリエイターたちの頭の中に運ぶ。種は発芽し、クリエイターの脳内で生長する。クリエイターはそのキャラを、また新たな種という形で自身の創作物の中に落とす』……となる。
つまり、ヒロインワークス……いや、『ヒロイン・ワークス』という『物語』の目的がそれなんだ。『ヒロイン・ワークス』……それが、この物語のタイトル。キャラの種を運ぶ媒体……それこそが、このフリー素材小説『ヒロイン・ワークス』なんだ。
そして、その最終目標が、侑ちゃんも知っての通り『究極のキャラクター』を作ること。うちはそのキャラの設定を『ウルトラコンピューター』を使って作ってるんだ。
ウルトラコンピューター。侑ちゃんは、もう見たんだよね? コンピュータールームの横の壁の向こうの部屋。さらにその向こうの部屋。さらにその向こうの部屋……。コンピューターとコンピューターが無数に連結し、連動し、巨大な知性のネットワークを生み出している。今流行りの『人工知能』ってやつだね。
どうかな? 侑ちゃん。もう一度、うちに来てみない? 会社の秘密を、この物語の真実を……見せてあげるよ。全部」
「結構です」
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