四月二十九日(月)

29.フリーター

 厨房とテーブル席との間を何度も何度も往復する。メニューを聞き、厨房に伝える。それの繰り返し。

 私、有馬侑はファミレスバイトをしていた。

 俗に言うフリーターである。三週間前に会社をクビになり、これからどうしよう、とりあえず働くかということで、バイトを始めて今に至るというわけだった。専門学校時代のバイト先に戻ろうかとも思ったのだが、その店が潰れていたことが判明したため、仕方なく経験のないファミレスバイトをする羽目になった……という。

 みじめなものである。

 夢破れ(思えば最初から破れていたけど)、実家に戻る気にもなれず、ここでこうして毎日を消費していく。浪費していくと言ってもいい。学生の頃と違って小説の執筆に熱中するでもなく、夢もなく、目標もなく、指針もなく、ただただ毎日がどうしようもなく過ぎ去っていくのを、傍観することしかできない哀れな人間。それが今の私だ。

 機械になれ。

 感情を捨てよ。

 バイトをするとき、いつも私は自分にそう言い聞かせる。余計なことを考えず、悩まず、思い込まず、ただただ単純作業に従事するロボットと化すのである。シフトの最初から最後までを、何の感情も持たずにやり過ごす。

 灰色の景色と雑音が私を包む。

 もうじき上がりだという時間に注文を受け、小さくため息を吐きながらテーブル席へ向かった。客は写真だ。神様じゃない。ただの動く立体的な写真。注文を言って、食べるだけの立体ホロ映像だ。私は何の感情も抱かない。彼ら彼女らに対して何の感情も……。

「侑ちゃん」

 名前を呼ばれて顔を上げた。はて。誰だろうか。私を呼んだのは。

「侑ちゃんってば」

 奇妙なことに、その声はテーブル席から聞こえてくる。どこかで聞いた覚えのある声だ。

「久しぶりだね」

 私は顔を上げて、その人物を見た。

「いや、そんなに久しぶりじゃないのかな? 一、二ページ前には一緒にいたわけだし」

 箱根羽子。

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