26.キャラクターの誕生
入口に近い席についた。デスクの上に持って来た設定ノートを置き、コンピューターを起動し、保存しておいた『舞台』の設定を選択する。3D画像がモニターの全画面に表示された。
「うわ、結構作り込んだね」
羽子さんが背後から画面を覗き込んで言った。
「そうですか?」
「うん。いや、知ってたんだけどね。侑ちゃんが『凝り性』だって」
「ああ、私、そういうキャラですしね」
「うん。侑ちゃんはそういうキャラだよね」
そういうキャラ……だ。私、有馬侑とはそういうキャラだ。自覚があろうとなかろうと、私がそういうキャラであることには変わりない。
「これで完成なの?」
羽子さんが設定ノートをパラパラとめくりながら言った。
「はい。まあ、完璧ではないと思いますが、完成ではあると思います。ていっても、別にこれが最後じゃないですからね。これから書き換えようと思えば、いつでも書き換えられるわけですし」
「うん……書き換え……だよね。そうだよ。キャラクターってのは物語の展開上でどんどん変わっていくものなんだから。やり過ぎると『後付け設定だー』とか『ご都合主義展開だー』とか叩かれちゃうけど」
「後から過去設定を追加したり、親が実は強キャラだった設定とかですか」
「うん。とんでもないのに至っては連載が進むごとにキャラの性別が変わったり、キャラの身長が縮んでいったり、みたいなのもあるしね」
「何ですか? それ」
「え、侑ちゃんは知らないの?」
「……」
あの漫画かな? と一つだけ思い当たるのがあった。でも詳しくないから、この話題を出すのはやめておくことにした。羽子さんがファンだったら会話についていけなくなるかもしれない。「知りません」と返しておく。
羽子さんが私の隣の席に座った。
「侑ちゃんはさ、キャラクターっていつ生まれるんだと思う?」
「何ですか?」
唐突に。
「キャラクターはいつ生まれるのか、だよ」
「生まれる……?」
「うん。だってさ、どんなキャラクターも……最初はぼやぼやしたイメージだったわけでしょ? 作者の頭の中のイメージ。顔も決まっていないし、性格も決まっていない。設定がまだまだ未完成なんだね。そこから、色んな設定をつけて、属性を決めて、過去を決めて、見た目を決めて、アニメとかゲームだったら声を決めて、色んなことを決めて決めて決めて、時々変更もして、変えて変えて変えて……それでようやく世に出るんだ。そして、出た後も、また変更されることもある。さっきの『後付け設定』みたいにね。
この一連の『キャラクター作り』の中のさ、どの段階で、キャラクターは生まれるんだと思う?」
……。
考える。
最初。
キャラクターの最初。
イメージの段階。
構想の段階。
そこでは、まだキャラクターは生まれていない。モブと同じで、ただの記号に過ぎない。物語やゲームを成り立たせるために生まれた仮の記号。それがキャラクターの最初だ。
だったら。
どこだろう。どの段階で、キャラはキャラになるのだろう。記号がキャラに。背景としてのモブキャラが真の意味でのキャラに。その境界は、どこ?
考える。
「見た目が決まった段階……じゃないですか?」
「容姿とか服装とか?」
「はい。見た目が決まったら、それを見た消費者、観客、読者は、それを『キャラクターである』って、認識しますよね? だから、この段階で……」
「小説とかだと見た目がない場合もあるよね。でも、読者はそれを『キャラクターだ』って認識するよ?」
……確かに、そうだ。挿絵のない小説は多い。ゆえに、その中の登場人物たちは一定の決まった容姿を持たない。それでも、読者はそれを『キャラクターである』と認識する。見た目の描写があろうとなかろうと、人はその小説の登場人物を脳内で自由にビジュアル化し、キャラクター化するのだ。
「年齢とか性別とか、あとは職業とかが決まったとき?」
「年齢不詳キャラもいるよ。性別不明キャラもいるし、そもそも正体不明ってキャラ自体も多いよ」
モブに設定はない……が、だからといって設定があるのがキャラクターであると断言できないということか。同様に設定がなければキャラクターではないとも断言できない。
ならば、モブとキャラクターの境目はどこにある?
「物語に絡んだときじゃないですか?」
「主要キャラとは一切絡まない人気キャラは?」
「じゃあ、台詞を発したとき……とか?」
「無口キャラもいるよ」
「じゃあ、動いたとき?」
「静止イラストでもキャラクターじゃない?」
「……じゃあ、いつなんですか? あなたは知ってるんですか?」
少し苛立って、私は訊いた。
「うん」
「知ってるんですか⁉ 本当に?」
「うん。知ってるよ」
落ち着き払った顔で、そう断言する羽子さん。
「いつ……なんですか?」
「それはね……」
「おーい! 侑! 羽子!」
羽子さんが言い始めようとしたと同時に、背後から荒々しい呼び声が轟いた。
「侑! 発表だぜ! さっさと準備しろ」
いつの間にか、社長の私への呼び名が「有馬」から「侑」になっていることに、このとき初めて気が付いた。
「また後でね」
羽子さんが囁いた。
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