21.ヒロインワークスの目的

 依然、事務室にて。

「ええと……それで、なんですけど」

「ん? 何だ?」

 昨日のことを訊いてみることにした。昨日の、舞台のことを。

「結構壊しちゃったんですけど……よかったんですよね?」

「壊しちゃったって? 何をよ」

「世界といいますか……街といいますか」

「街? あん? どういうことだよ、それ」

「ええと、地下空間で、街をセッティングして、それをぶっ壊しちゃったんです。で、大量殺人と」

「大量殺人?」

「大量殺人です」

 そう。私は大量殺人を犯したのだ。正確に言えば私ではなく、鎖肉爪鷹に化けた私が、だけど。自分が設定した舞台の中にいた人々を、片っ端から無差別に殺しまくった。世界を滅ぼしてしまった。そのことが、私の中にはどうも……何というか、嘘だと分かっているのに、どうしても胸が痛い……バッドエンドの映画を見終わった後に来るような胸の悪さがして、たまらない。

「何言ってんだ? てめえ。てめえが地下で作った『それ』は『作り物』だぜ? CGと同じだ。殺すも殺さねえもねえだろうが」

「まあ、そうですけど……」

 確かに、N県某市の例の街は作り物だ。私が入力して、選択した舞台。いわば撮影セットのようなもの。キャラクターを活かすための背景。架空の世界。

 でも、それでも。そこに『いた』人たちは、確かにそこに『生きていた』のだ。そこが誰かに作られたセットだなんてことは露ほども思わずに、そこに生きて、そして、そこで死んでいったのだ。

 私は彼ら彼女らの気持ちが分からない。

 彼ら彼女らは、結局のところ作り物でしかない。

 人形と同じだ。CG映像と同じだ。ただ舞台をよく見せるための装置でしかない。そのために作られた存在だ。

 ただその人たちは、自分たちが作り物の人間であるということに、気が付いていたのだろうか?

 気が付いていたとして、無意味に死ぬことを受け入れられたのか?

 そもそも彼ら彼女らに、そのようなことを思うだけの感情があったのか?

 感情を持っている、心を持っているという『設定』があったのか?

 人としての意識はあったのか? 

 人としての意思はあったのか?

「ま、そこにいた奴らは不運だったけどな。でも、もう無いんだろ? その舞台はよ」

「はい。もう消しました」

「まあ、そういうこったな。同じ作り物の人間としては、同情しないでもないが……いや、全然同情はしねえか。なあ有馬。てめえがぶっ殺したっつう、そいつらをよ、端的に言い表す言葉は何だと思う?」

「……モブ」

「そうだモブだ。じゃあ有馬。モブって何だと思う?」

「モブ、ですか? モブキャラですよね」

「そうだな。モブキャラクター、略してモブ。さらに有馬。モブとキャラクターの違いとは、何だと思う?」

「モブとキャラの違い? え、モブもキャラの一種ですよね?」

「そうだ。そりゃあ、広義ではモブもキャラクターではある。モブキャラっつうしな。でも、どっちかっつうと登場人物よりも背景に近い。キャラクターというよりもバックに近い。場を成立させるための舞台装置だな。モブには詳細な設定がない。存在しない。ただの舞台装置なんだから、大まかな見た目さえあればそれでいいんだよ」

「でも、モブから主要キャラに昇華した……みたいな展開もありますよ」

「それはそのときに設定が作られるだけだ。モブから真の意味でのキャラクターに進化する……この瞬間になって初めてそのキャラに『生命』が宿るんだ。モブの時点では性別と大まかな年齢と適当な見た目くらいしか与えられない。キャラクターになって初めて、過去と、趣味嗜好と、家族構成とかの『設定』が与えられる。それまでは、そいつは空っぽで薄っぺらな、人間の形をした、ただの記号に過ぎねえんだよ。てめえが昨日ぶっ殺したっつう奴らも全員が全員、薄っぺらな『モブ』に過ぎねえ。キャラクターじゃねえ。まだ、生きてすらいねえんだ」

 モブは生きていない。

 私が殺した彼らは、生きていなかった。

 それはとんでもない暴論に聞こえる。

 でも、実は……その論は、正しいのかもしれない。

 創作された人間と、実在する人間との境界はどこだろう。例えば、妄想の中で……そう、ほんの軽い妄想の中で、架空の人物を作り上げて、その人を殺したとする。しかし、人はその人に同情しない。かわいそうだと思わない。心が痛まない。

 なぜか?

 その人には、人としての設定が存在しないからだ。

 妄想の話だ。つまりは頭の中での物語。でも、それが創作物であることには変わりない。小説や映画と同じ創作物。しかし、妄想であるがゆえに、その人に詳細なデザインはない。容姿は適当。性格がない。家族もいない。過去もない。ただパッと、頭の中に一瞬で生み出された人間に過ぎない。

 いや……それは果たして人間なのか?

 それは生き物としての人間ではなく、むしろ記号に近い。頭の中に作り上げられた、記号としての人間。頭があって、胸があって、腰があって、手足があって。人間としての形を持っただけの、生きていない人間。いや、生きてはいる。ただしそれは、『生きている人間』という記号に過ぎない。

 社長はさらに続ける。

「不平等性……これが二次元と三次元との最大の違いだな。三次元では全ての人間に人権が与えられる。そりゃあ、発展途上国とかだとまだ基本的人権がおろそかになってるとこもあるけどよ、でも基本的にそういった人間にも人権はあるだろ? 人間はみんな自由で平等、そして健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する……それが二次元だと違うんだな」

「モブには人権がない?」

「そうだ。一応はあるにはあるんだぜ。人権。でも、奴らには設定がない。アニメとか見てみろよ。モブの特徴なんて大人か子供か、男か女かくらいしか分からねえ。かろうじて顔が分かるくらいだ。家族構成は不明、出身地も不明、誕生日も不明、趣味嗜好得意不得意全部不明……設定が存在しない。そんなのよ、ただの風景と変わらねえ」

 でも。

 たとえ、設定があったとしても。

 まあ、所詮。

「あたしらも、この世界も、全部が全部、作りもんだけどな」

 そう言って。

 社長は。

 どこか下方を見つめている。

 サングラスで目は見えない。

 でも。

 仮に見えたとしたら。

 いや。

 たとえ見えなくても。

 その目は、何だか。

 強い怒りを孕んでいるように、そんな風に、私には見えた。

「ヒロインワークスの目標って……」

「あ?」

「この会社の目標って……何なんですか?」

「……」

 社長は黙った。羽子さんも、さっきから口を開かない。

「何で、んなこと訊くんだ?」

「いや……私たちがここでオリジナルのキャラを作って実演して、それを三次元のクリエイターに読ませて、その人たちにキャラを作らせる……のが本来の目的じゃないんじゃないかって思って」

 女子高生が立ち上げた会社だ。

 たった二人だけで始めた会社。

 そんな小さな、でも強い意志の元で作られた会社がやりたいことは、本当に単なる『キャラクター作り』なのだろうか?

 ここにいる城崎きずきという勝気な女が成し遂げたいことは、本当にそんなことなのか? 何か裏があるように……そんな風に思えてならない。

「究極の……」

 社長ではなく、羽子さんが口を開いた。

「究極のキャラクターを作ることだよ。侑ちゃん」

 究極の……キャラクター?

「おい」

 コンと、社長が羽子さんの後頭部をチョップする。「あいて」と羽子さん。

「んなこと、まだこんな新人には分からねえだろ? 時期尚早だぜ、新人教育担当係さん」

「うう……ごめん」

 こんな新人呼ばわりされてしまった。

「有馬侑よ。確かにうちの最終目標は『究極のキャラクターを作ること』に他ならねえ。だが、まあ、多分その目標は、今のてめえには理解できねえだろうな。まだ」

「そんなに高度なことなんですか?」

「高度っていえば……高度だな。むちゃくちゃ……過ぎるくらいには。てめえにもこの新人教育期間が終わったら教えてやるよ。それまでは、てめえは深いこと考えずに今の自分の仕事に集中しろ。四月八日までにキャラクターが完成しなかったらクビだ」

「……分かりました」

 求められているラインが曖昧な割にペナルティーが重い。

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