19.号泣
クビだ。
いや、まだ現時点ではクビになっていない。ただ、この状況、見つかったらクビになる。それは確実だ。
「えっ……えっ……」
羽子さんが、泣いていた。
嗚咽を漏らしながら、涙を手でぬぐいながら、泣いていた。
「ああ、ええと……すいません」
「ひっ……ひぐぅ……」
私は羽子さんの頭をそっと撫でる。泣かせた張本人がこんなことをしていいのかは分からないけど、でも一応、そうしてみた。パンッと、勢いよくその手を振り払われた。
「……」
それにしても……人を泣かせるという経験は小学校以来だ。中学、高校、専門学校では、誰かを泣かせたことはない。それは私が温厚な性格で、比較的平和な対人関係を築いてきたからだ。
しかし。
社会人になってからわずか三日で、まさか二回も人を泣かせることになろうとは。誰が想像できただろう。しかも同じ人を。
事の顛末を語ろう。
羽子さんの両肩をバシンと叩いたらそれに驚いた羽子さんがイスから転げ落ちてデスクの脚に脛を打ち付けて痛みに悶絶してやがて泣き出した……以上。
しかし、羽子さんの脛を見てみたが、青あざにはなっていなかった。そして、その泣きっぷりを見る限り、痛いからではなくショックというか、驚きで泣いているように思える。現に彼女はもう脛をさすってはいない。
「本当に……すいません……」
「……」
……。
羽子さんは何も言わない。
私としても何も言えない。
その後。
彼女が泣き止むのを待ってから、一緒にエレベーターを上がり、事務室へ戻った。その間、彼女はすねて私と口を聞いてくれなかった。
事務室にて。
「あの……」
「……」
羽子さんは答えない。イスの上に両足を載せて、膝と膝の間に顔を埋めている。昨日も見たぞ、この光景。そんな彼女に、私は意を決して、
「このことは……社長には内緒にしといてくれませんか?」
「……やだ」
こうして私の失業が決定した。
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