17.舞台設定装置
昨日の朝と同様、軋身朱穂との茶番劇を数十分続けた後に、私と羽子さんはコンピュータールームに戻っていた。二人並んでイスに腰かける。
「……と、こんな風に、自分が作ったキャラの舞台を設定できるんだ。これで侑ちゃんが作ったキャラに最も適したセットを組んで、そこでキャラクターを実演するってことだね」
「外の白いタイル張りの部屋ですよね? 壁とか天井に当たらないんですか?」
さっきも思ったことだ。羽子さん(軋身朱穂)は空を飛んでいた。当然ながらここの外、コンピュータールームの外は、さっきも見た通りのタイル張りの部屋だ。セットが組んであるから分かりにくいが、閉鎖された空間なのだ。高く飛びすぎると、天井にぶつからないだろうか。いや、その前に壁にぶつからない?
「そこら辺は大丈夫だよ。きずきちゃんが色々と調整したし、何よりここは二次元だからね。ある程度の自由は効くんだ」
「空間は無限、ってことですか?」
「無限の空間に設定したらそうだし、密室に設定したら密室になるよ。当然、宇宙を舞台にして活躍するキャラクターとかも作るわけだから、宇宙空間を外に作ることもできるね」
「何でもありですね」
「二次元だからね。細かい理屈はいらないよ」
「……」
二次元だから二次元だからって……。いくらそれが事実だとしても、多用してはいけないだろうに。
そう。二次元内で『俺たちは二次元のキャラクターだ。この物語は作り話なんだ』ってキャラに言わせてはいけない理由がそれだ。メタはやりすぎると、その世界が崩壊してしまう危険性がある。作り話なんだから何をやってもいい、作り話なんだから死人は自由に生き返るし、主人公は絶対に何の理由も前触れなく敵に勝つし、ヒロインは最初から主人公に惚れてるし……なんて展開をやり続けたら、誰にも見向きされなくなる。
そう。ほんの些細な『ご都合主義』や『主人公補正』ですら叩かれる対象になるのだ。そんなご時世で『これは作り話だから~』だなんて好き放題にやり続けたら、二次元はその時点で『没』になってしまう。
「細かいことはいいからさ、侑ちゃんも何か作ってみたら? あ、設定ノートを上に置いて来ちゃったんだっけ?」
「あ、はい。そうです。持って来てないです」
設定ノートもノートパソコンも財布も全部カバンごと、事務室に置いて来てしまった。手持ちはスマホだけだ。無人島だから盗まれる心配はないだろうけど。
「ううん……仕方がないなあ……。じゃあ、取って来てあげるよ」
「え?」
「ちょっと待っててね」
そう言って席を立つ羽子さん。私はすぐさま彼女を引き留める。
「いやいや、悪いですよ。私が取りに戻ります」
「いいよいいよ。強引に連れて来ちゃったのは私だしね」
羽子さんはてこてこ歩いて部屋の入口へ向かう。
出て行く間際に振り返り、
「あ、そうだ」
「? 何ですか?」
「横の壁の向こうさ……ドアの向こうだよ。絶対に開けないでね。鍵つけてないから」
羽子さんが指さした先を見ると、この部屋、左右の壁にいくつもドアがついていた。
「絶対に覗かないで。中は企業秘密だから」
「ええと……ああ、分かりました。はい。大人しくしときます」
「……うん。じゃ、じゃあ、ちょっと待っててね」
ウィーンという音がして扉が開き、バーンという音がして扉が閉まった。
室内に私一人が取り残された形に。
「……」
……ううん。
何だったんだろう。絶対に覗かないでくれって。
いや、しかし。
そうなると……気になる。
「……」
席を立って、左の壁へと向かった。数えてみたが、ドアは全部で六枚ある。右の壁のも合わせると、このコンピュータールームの側面の壁には計十二枚のドアがついていることになる。明らかに多い。それに、ドアとドアとの間の距離が異様に近い。向こう側にそれぞれ独立した部屋があるならば、かなり細長い……狭い空間なのではないだろうか、と思う。
左側面の壁。六枚のドアのうちの、後ろから数えて三枚目の前に立つ。
ドアノブに手をかけて、握る。
息を飲んだ。
……。
「……ダメだ。やめとこ」
中に入っている最中に羽子さんが戻ってきたら、何かしらのお咎めを受ける羽目になるのは目に見えている。ここは好奇心を抑え込もう。そうしよう。
……ノブに手をかけている時点で、かなりグレーではあるけれど。
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