15.二次元世界の不確定性
それにしても。
なかなかに、とんでもない目に遭った。
「作られた存在、かあ」
人通りの多い路地を羽子さんと並んで歩きながら、私は独り言ちた。
「え? どうしたの? 侑ちゃん」
「いえ……あ、そうか。羽子さんは聞いてなかったんですね」
一連のやり取りの間、彼女はずっと寝ていたのだ。
「何を?」
「……私たちがキャラクターだって話を、です」
「ん? 侑ちゃん、何を当たり前のこと言ってるの? ご飯食べた後だから眠くなっちゃった?」
「……そうですね」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら(もちろん比喩)、私を見上げる羽子さん。
「それにしても、さっきは情けないところを見せちゃってごめんね。テンパっちゃってさ……私」
「いえ……まあ、知り合いが豹変したらびっくりしますよね。普通」
「そうだよ! あんなきずきちゃん、初めて見た。演技うまいの、知らなかった……」
「私もです」
「侑ちゃんときずきちゃんは、ほぼ初対面じゃん」
なぜかちょっとだけむっとする羽子さん。なぜだろう。
城崎きずき。
城崎きずきというキャラクターを考えてみる。
城崎きずきとは。
十九歳。
女性。
身長は羽子さんより高く、私より低い。
巨大なグラサンを着用。
ヒロインワークス株式会社の創業者にして社長。
粗暴な言葉遣い。
高校時代は生徒会長。
元々政治家志望。
箱根羽子と出会い、意気投合……。
そういったキャラクターだ。そういったキャラクター像を、私は彼女に対して抱いている。この認識には羽子さんから得た情報も絡んでくるので、何か致命的なズレがある、ということはないだろう。
箱根羽子が箱根羽子であるのと同様に。
城崎きずきも城崎きずきだ。
いや。
私は足を止めた。
「ん?」
それに気づいた羽子さんが振り返る。
「どうしたの? 侑ちゃん」
「……」
ここにこうして立っている『箱根羽子』が……『この世界の住人』によって作られたキャラでないと、どうして言い切れるだろう。さっきの出来事。社長にドッキリであるとばらされて、一旦安心したはいいものの、それが本当にドッキリであるなんて、どうして言い切れる?
箱根羽子は本当に箱根羽子なのか。誰か……この世界にいる別の誰かが、設定ノートを使って彼女になり切っているという可能性もある。
それだけではない。『城崎きずき』もそうだ。彼女だって、実は彼女ではないのかもしれない。誰か別人が、彼女に成りすましている可能性だってある。
彼女らが、この世界における『作り物』ではないと、どうして言い切れるだろうか。
いや、そもそもの前提として、私たちは三次元のクリエイターに作られた存在なのだ。この世界の全ての登場人物が『作り物』であるというのは、紛れもない事実だ。それは否定のできない真実。
だったらどうして。
私は、この世界が三次元のクリエイターにではなく、二次元のクリエイターに作られた存在であると……そう決定してしまうことが、こんなにも怖いのだろう。
どうせ全て作り物だ。そこには、三次元に作られた存在か、二次元に作られた存在かの違いしかない。それなら、別に羽子さんや城崎社長が二次元の誰かに作られた存在である、この世界の誰かに創作された存在である、この世界の誰かが彼女らになり切っている、化けている、成りすましている……と、そう思ったとしても何ら不都合はないはずだ。それなのに、なぜ私はこんなにも、二次元を恐怖して、三次元を信頼するのだろう。
三次元のクリエイターは、思いのまま、好き放題に二次元をいじる。そのことに対して、私たち二次元は抗うことができない。
社長の言葉が頭の中に反響する。
そうだ。
三次元は、一種の神なんだ。
三次元はこの世界の創造主。絶対的な力を持った存在。文字通り、次元が違う。だから、私たちはそれらを意識こそすれど、抗おうとはしない。
私たちは三次元の人間の掌の上にいる。そこから抜け出そうとすれば、落ちてしまう。落ちて、死んでしまう。二次元は三次元がなければ存在すらできない……。
「どーしたのってば」
「……」
「侑ちゃん?」
はっと気が付いて、顔を上げた。私を気にかけている羽子さんに、
「あ。いえ、何でもないです」
と、笑って答える。
「ん? まあ、いいけど」
私と羽子さんは並んで歩く。都内の某通りを、並んで。
「……」
私の目に映るもの。人、人、人、人、人、人、建物、建物、建物、建物、道、道、道、電柱、電柱、電柱、電線、電線、電線。
でも、何だか。
私には、この世界がひどく薄っぺらなものに見えて、仕方がない。
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