6.直接指導、その一
「……」
「……」
沈黙。無言の空間。
私と箱根さんの二人ともが同様にイスに座り、同様に黙り込む。こうして社長がいなくなると、どれだけあの人の口数が多かったかが分かる。ずっとしゃべっていたような気がする。すごい勢いで。
「……」
「……」
それにしても……気まずい。さっきテンパってた勢いで、この人泣かせちゃったからなあ……。
「あの……箱根さん」
「羽子でいいよ」
「羽子さん」
あんまり発音が変わらない。
「何?」
「初歩的な疑問なんですけど……ここってどこなんですか? 何かエレベーター降りたら、無人島みたいな感じのところに出ちゃって」
出ちゃって……って、今もそこにいるのだが。無人島内の廃墟だ。エレベーターを降りた後はずっと廃墟。今も廃墟。
「ええとね、空間と空間を繋いでるっていうか……きずきちゃんがやったんだ。広い場所が欲しいからって、都内のビルの五階と国内の無人島をくっつけてるんだよ」
空間転移(?)のようなものだろうか。どこぞのひみつ道具にありそうなやつだ。ある空間の入口と別の空間の入口をくっつけた。それでビルの五階がこんな変な場所に繋がったと。
……。
どんな理論やねん。
一体どういうことなんだ、この会社は。
事務室が廃墟。社員が三人。そしてその仕事の内容は外の世界への干渉……。
一体どういうことなんだ、これは。気を抜くと発狂しそうになるくらい、意味の分からない状況だった。
とりあえず……落ち着け。どれだけ予想外、想定外、奇想天外な現状でも、私が『採用された』という事実に違いはないのだ。私は何だかよく分からないけれど、とにかくこの会社に採用されて、入社してしまったと。それが今のこの状況の全てだ。それだけは疑いようのない事実。
仕方がない。受け入れるしかない。とにかくこうなってしまった以上、この会社で頑張るしかなさそうだ。仕事の内容が思ってたのと違う……なんて就職じゃよくあることなんだから。違いすぎな気もするけど。
落ち着いて、やっていこう。
あふれ出てくる疑問を一つ一つ潰していくことにする。
「それで、さっき社長が言ってたキャラクター作り? じゃなくてキャラクターなり切り? 化ける? ってどうやったらいいんですか? 設定とかビジュアルイメージとかをまとめて企画書作るだけじゃないですよね?」
「ああ、それだね。ちょっとお手本を見せてあげるよ。待っててね」
そう言って、地面に乱雑に置かれていた段ボール箱の一つをあさり始める箱根さん……もとい羽子さん。中からペンケースと一冊の大学ノートを取り出した。
ペンケースからボールペンを取り出す。
そしてノートを麻雀台上で開く。何やら書き込み始めた。
「……?」
何やってるんだろう。
話しかけずらい雰囲気の中で、数十秒が経過する。その後、羽子さんはコトンとボールペンを台上に置いて、パタンとノートを閉じた。
「何書いてたんですか?」
「今から見せるね」
またもや段ボール箱をあさり出す羽子さん。中から女児用の人形とグルグル巻きの包帯を取り出した。ペンケースからカッターナイフを取り出す。
上着を脱ぎ、左腕を腕まくりして。
そして。
カッターナイフの刃を出す。ガチガチガチガチ。
その刃を、自身の左手首にぴとっと当てる。
そのまま横にスライドして。
手首を、切った。
切断面から赤黒い血液がドロリと垂れた。それは羽子さんの手首から掌、手の甲、指、指の先へと滴っていき、ボトリ、ボトリ、ボトリと落下する。落ちた先には人形があった。ボン、ボン、ボンという音とともに、血が人形に降りかかる。
「……え」
私はその光景を、一連の出来事を、ただ茫然と、眺めていることしかできなかった。
いきなりのこと過ぎて頭が追い付かない。なぜ、この人はいきなりリストカットなんてしたのだろうか。自傷行為? なぜ、このタイミングで?
パックリと切断された傷口からは、真っ赤な鮮血がドクドクとあふれ出ている。その傷に、羽子さんは包帯を巻き付けた。当然、そんな粗末な処置で止血などできるはずがない。白色の包帯が見る見るうちに赤く染まっていく。
「ちょっ……大丈……」
「こっちこっち」
動揺する私を冷静にいなして、羽子さんは地面の人形を、カットしていない方の右手の指でついついと指した。床に無造作に置かれた女児用の人形だ。かわいらしい洋服、顔から胴体、下半身に至るまでが、血によって赤黒く汚れていた。
「何……してるんですか……あなた」
「よーく見ててね、これ」
羽子さんは平然と血染めの人形を指し続ける。言われた通りに見てみたが、人形に何か劇的な変化があるようには見えない。血がついて滴って……。
いや。
何だか……少しずつではあるが、血の量が少なくなっているような、そんな気がする。つるつるの人形の肌に付着した、表面張力を帯びて丸くなった血液。それが、まるで人形の中へと吸い込まれていくかのように、小さくなっていく。
そうして見る見るうちに血染めの人形は、最初と変わらない、汚れていない、綺麗な女の子の姿へと戻った。
女の子だ。人形とまったく同じサイズ、同じ格好をした、女の子だった。ペタンと女の子座りで地面に腰を降ろし、自分の身に何が起こっているのか分からないといった顔をして、キョロキョロと周囲を見渡している。
「……え。何で動いてんの?」
率直な疑問が口から漏れた。
「これをこうする」
羽子さんは、その動く人形少女を捕まえて持ち上げた。少女は「ひっ」とか「きゃあっ!」といった悲鳴を上げながら、自分よりも大きな人間に、なすすべもなく持ち上げられる。手足をバタバタさせてもがくが、何にもならない。
そして羽子さんは。
カッターナイフで、人形少女の胴体を切った。
耳をつんざくような悲鳴が上がる。見ると、羽子さんの手の中で人形少女が暴れもがいていた。金切り声というか、断末魔というか、とにかく日常生活ではまず聞くことのできない類のヤバい声が、大音量でその子から発せられる。
羽子さんは、そんな人形少女の上半身と下半身を、それぞれ右手と左手で持って。
ぶりゅん、と。
ねじり、引きちぎった。
大絶叫と共に、少女の体は腰の辺りで真っ二つに引き裂かれた。その断面から、赤黒く、ぬめぬめとした臓物が漏れ出し、一気に落下した。それと同時に、小さな体のどこにそんな詰まってたんだよとでも言いたくなるくらいに大量の血液が、床に滝のように流れ落ちていく。
こうして見るも無残な虐待の果てに。
人形少女は絶命した。
「……」
私はその一連の惨劇を、ほとんど白目みたいな感じで眺めていた。
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