5.業務説明

「あたしらが存在している『この世界』の『外』には、『三次元の世界』がある。そこに、何十億だか何百億だか知らねえけど、とにかく大量の人間がいるんだよ。あたしらみてえな作りもんじゃねえ本物がな。てめえだってそのことを知らないわけじゃねえだろ?」

 この、外。

 私たちがいる世界の、外。

 三次元の世界。

「ええ……そう、ですね」

 しぶしぶ、認めた。

 それを口に出して言うことには、強い抵抗があるけれど。でも、事実だった。この外。私たちがいる世界の外。そこには真実の世界が広がっている。俗にいう三次元の世界が。無慈悲で、残酷で、でも時に二次元よりも奇妙で刺激的なことが起こる世界、三次元。

「そんで、その三次元の内部には無数の二次元がある。三次元のクリエイターたちによって生み出された『世界』、それが『二次元』だ。

 二次元っつうのは、本当にとんでもねえ数があるんだ。クリエイターの数だけ世界がある。いや、一人のクリエイターが複数の世界を生み出すことも多いから、もっとだな。とにかく、三次元の奴らが二次元を作る。ここまではいいよな? 常識だしよ」

「ええ……はい。そうですね。常識ですしね」

「そんで、こっからが重要なことだ。よく聞いとけよ。

 いいか、有馬。

 二次元っつうのは、三次元に隷属しているんだ」

「隷属?」

 物騒な単語が聞こえてきた。

「そうだ。隷属。従属。服従。束縛。支配。縛られている。

 例えば、ある二次元の世界の住人と、他の二次元の世界の住人は自由に交流できない。そりゃあクリエイターでも何でもないド素人が脳みその中で勝手に妄想する分にはいいかもしんねえけど、公に、堂々と自由にクロスオーバーする、なんてことはできねえんだ。『著作権』とやらの利権が絡んでるせいでな」

「そんなの当たり前のことじゃないですか」

「おいおい。てめえも一応はクリエイターの端くれだろう? なら軽々しく『当たり前』なんて言葉使うなよ。常識をぶっ壊してこその創作だろ?」

 ……。

 丸めこまれてしまった。

「要するに、二次元は三次元の支配下にあるっつうことだよ。三次元は二次元を自由に変えられる。まあ、もちろん著作権っつう権利を持っているクリエイターに限るけどな。

 だが反対に、二次元は三次元を変えられない。社会現象だの聖地巡礼だの何だのっつって、雀の涙ほどの経済効果を持つこともあるにはあるが、社会を一変させたり、科学技術にパラダイムシフトを起こさせたり……といったスケールのでかいことはできない」

 確かに、そうだ。

 世界平和とか。

 政治とか。

 科学とか。

 三次元は二次元内のそれを自由自在に操作できる。お話の中で、どこぞの国とどこぞの国が仲良くなって平和になっただの、数百年が経って新型ロボットが開発されただの、本当に自由自在だ。しかし、二次元は三次元内のそれを自由に操作できない。どれだけ二次元内のキャラクターが精力的に動き回っても、三次元の世界は変わらない。

 不均衡。

 二次元と三次元の間には、不均衡がある。

「それで、だ。あたしら『ヒロインワークス株式会社』は、そんな三次元に、大きく干渉しようってわけだ。二次元のキャラクターを、三次元の世界に作り出そうってな。いや、それは違うか。二次元のキャラクターを、三次元の奴らに、また別の二次元の中に作らせようっつうことだな」

「どうやって?」

「まあ、見てろ」

 城崎社長は自身のカバンの中から、筆記用具とスケッチブックを取り出した。さらさらと絵もしくは文字をかき始めた。しばらく経った後、

「ほい」

 と、その画面を見せた。そこには、

『石川県 めいっ子 塩分補給 爪』

 と、四つの単語が汚い字で書かれていた。

 何だろう。どういう意味だろう、これは。これらの単語の間に、何かしらの関連性があるとは思えないが……。

「これは?」

「意味はねえよ。例だからな」

「何の例なんですか?」

「干渉方法の例だ」

 まあ聞け、と、城崎社長が続ける。

「ここに書かれた四つの単語……もちろんこれらの単語間に意味とか関連性とかはねえ。あたしが今思いつきで書いただけだからな。だが、重要なのはここからだ。この単語を見て、人はどうなるかだ。この四つの単語を見て、三次元の奴らの脳にどんな反応が起こるかだ」

 とんとんと、こめかみを突っつく城崎社長。

「サブリミナル効果ってことですか? でもそれなら何か意味のある言葉にしないとダメなんじゃ」

「サブリミナル効果とは違うさ。もっと単純な話だ。この四単語を見た三次元の奴らはこう思うだろうな。『?』と」

「『?』……ですか?」

「そうだ。クエスチョンマークだな。この四つの単語を見た三次元の人間は『訳が分からない』と思う。つまり、あたしはこの四単語をこのスケッチブックに書くことで、外の連中に『訳が分からない』と思わせることに成功したってことだ」

 ……つまりは。

「干渉だ」

 城崎社長は三次元の人間に干渉した。城崎社長の意思を、思惑を、三次元の人間に届けたということだ。

「こういう風に、二次元っつうのは、自分たちの意思で、三次元の世界にある程度影響を与えられるんだ。あたしら二次元が三次元に干渉する。これが基本中の基本だな。ここまではいいか?」

「はい」

「よし。じゃあ次が本題だ。ヒロインワークス株式会社のやること。それはもちろん『キャラクター作り』だ。三次元のクリエイターに、二次元キャラのアイデアを与えるのがうちの仕事。三次元の世界に干渉して、二次元のキャラを作らせるのがうちの仕事。

 で、干渉するってのが今やったみてえな感じだな。ここで、この空間で、ここ二次元で、様々な『アクション』を起こす。そしてそれを見せる。まあ、読ませるわけだ。三次元の奴らにな。そんで、奴らはそれをパクって、新しいキャラクターを生み出すってわけだ」

「なる、ほど……」

 聞いた分には分かった。

 この会社が『キャラクター制作』を専門に行っているというのは正しい。正解だ。だが、そのキャラクターというのは『この世界』におけるキャラクターではなかった。ここ『二次元の』世界に生きるクリエイターが作るキャラクターではなく、外の世界……『三次元の』世界に生きるクリエイターが作る、二次元キャラクターのこと……ということだった。

「で、だ。ここで早速てめえに、新人としての仕事の一発目を命じよう。有馬侑。てめえが今日から一週間やる仕事は、『てめえが思う、斬新中の斬新、唯一無二、最高のキャラクターを作ること。そしてそのキャラにてめえ自身がなり切ることだ』だ」

「なり切る?」

「そう、なり切る。化けるっつってもいい」

 化ける?

「どういうことですか?」

「あたしらがここでキャラを作って、外のクリエイターどもがそのキャラをパクって、新たなキャラを生み出す。てめえは、その外の奴らに見せる用、パクらせる用のキャラを一体作れってことだよ」

「いや、それは分かってるんですけど……キャラを作って、私がなり切るっていうのはどういう……?」

「ここは二次元だぜ? つまり、ある程度の自由は利く。三次元の奴らがするコスプレと違って限界はない。要するに、てめえ自身がそのキャラに完全になり切ってしまうんだ。

 第一、てめえはこの小説の語り手だろ? 一人称で書きまくり、描写しまくり。地の文はてめえのもんなんだから好き勝手できるだろうが」

 地の文って……。

 確かにそうだけど。事実だけれども。

「で、それで私は何をやれば……」

「てめえが考える最高のキャラを作って、それを三次元の奴らに見せつけるんだよ。そんで、それを読んだ三次元の奴らは『そのアイデア』をパクって、自身の創作物の中に産み落とす……かもしれねえ。

 今日が四月一日だから、ちょうど一週間後、四月八日までに考えてこい。そんでこの時間に発表な」

 ダメだ。会話がうまく噛み合わない。

 依然、よく分からないけれど、

「はい」

 とりあえず、返事はしておく。

「細かいことは羽子に訊け。さっきみたいに泣かせたら今度はクビだ」

「ああ、さっきはその……すいませんでした。本当に」

 私は再度、箱根さんに頭を下げた。

「いやいや、いいよ」

 箱根さんは、両手をパーにして振りながら答えた。

「よし。じゃあ、最初の説明はこれで終わり。あたしは別の仕事があるから、一旦ここを離れる。羽子、あとの世話は頼んだぜ」

「分かったよ。きずきちゃん」

 城崎社長はスケッチブックと筆記用具をカバンにしまい、颯爽と事務室を出て行った。

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