4.会社説明

 城崎社長と箱根さんの二人は、そろってエレベーター前から移動し始めた。私はそれについて行く。エレベーターのある廃墟の一室を出て、別の部屋に出て、廊下を渡って、また別の部屋に入る。

 部屋と言っても、そこはもう部屋と呼べるような状態ではなかった。完全に荒廃してしまっている。ボロボロで正方形の、くすんだ緑色をしたテーブル(麻雀台だろうか)が一つに、小中学校で使われるような木製のイスが二つ。あとは段ボール箱が五、六個ほど、地べたに置かれている。閉まっているため中身は見えない。

 言うなれば、そこは子供の秘密基地のような場だった。

「ここが事務室だ」

「事務……室……?」

 事務室なの……? ここ。

 二人は部屋のイスに腰を降ろした。私も同じように座ろうと思ったが、三つ目のイスがないので諦めて立っておくことにした。

 城崎社長が私の顔を見て、話し始めた。

「で、だぜ、新人。まずは自己紹介だ。あたしはその名刺の通り、城崎きずき。この会社の創業者にして経営者にして社長にして代表取締役にして最高責任者……とにかくドンだ。ここのボス。そいでこっち。こっちのちっこいのが箱根羽子。社員一号だな。てめえの先輩だ。はい次はてめえの番」

 さっきも思ったが随分と口の悪い社長さんだな……なんて改めて。まあ、いいけど。とりあえず、自己紹介の文言を述べる。

「どうも初めまして。有馬侑です。本日からよろしくお願いいたします」

 頭を下げる。ペチペチという気の抜けた、二人分の拍手の音が聞こえてきた。

「よし、次は会社の説明だな。この会社……ヒロインワークスは、あたしらが高校生だった二年前に創業したんだ。社員数は二年間で変わらず二人のみ。入らず抜けずでだ。だからてめえが、うち始まって以来初の新入社員ってことだな」

 二年前に高校生だったということは、二人とも私より年下ということだろうか。

「はあ」

「『はあ』じゃねえ。『はい』だろうが」

「はい。すいません」

 意外に厳しい。

「そんで、うちの仕事なんだが……てめえも知っての通り『キャラクター作り』だ。二次元のキャラクターを作って、作家だの出版社だのゲーム会社だのアニメ会社だのに売るっつう……いわばアイデア創作の会社だな。そいつらクリエイターの代わりにアイデアを作って販売するのが業務である……っつう感じのことを聞いてるよな?」

「はい。説明会で聞きました」

 てか説明会のときに説明してた、あのおっさんとかおばさんとかは誰だったんだ? あと面接のときの人事の人たちも。エキストラ? 脳内に疑問符が再浮上する。

「だ、が、だ。だが、まあ実際その通りって言えばその通りなんだが……うちの会社がやることは、もうちょっと奥が深い。実務はてめえが今この瞬間に想像しているようなことじゃあない。ちょっと違うんだな、これが」

「違うって……どういうことですか? キャラクターを考案して売り込むんですよね?」

「まあ、それはそうなんだが……売り込み方の問題だな。てめえはうちがどうやって『売り込む』か……それは知ってるか?」

「えっと……その会社の担当の人に絵を見せたり企画書見せたりとかじゃないんですか? それでその会社からしかるべき見返りをいただく、と」

「それは違うよ」

 箱根さんが答えた。

「うちは三次元に干渉することでキャラクターを作ってるんだよ」

「三次元に干渉……ってどういうことですか?」

 三次元? 何だそれは。

「パクらせてるんだよ」

 パクらせる?

 え……どういう意味だろう、それ。


「あたしら二次元が、三次元の世界に干渉して、それでキャラクターを三次元の奴らに作らせてる……って言えば分かりやすいか?」


「……」

 思わず、私は沈黙する。

 というか、絶句する。

 あたしら二次元が。

 二次元が。

 二次元。

 それは。

 それは言っちゃあいけない決まりじゃないのか。

 確かにそれは真実だ。紛れもない、否定のしようがない事実。

 私たちは二次元の存在だ。

 三次元のクリエイターに作られた存在。

 現実の世界には存在しない存在。

 作り物。

 創作上のキャラクター。

 それはそうだ。

 しかし……それは考えてはならない決まりじゃないのか。創作物において、その中のキャラクターは、自分たちの世界が、自分たちの存在が、創作であると意識してはいけない。それを意識しながら物語を物語ることは、いわばタブーだ。だから、

「いや……いやいやいや! 何言ってるんですか? 二人とも。私たちは三次元の存在ですよ? 二次元っていうのは、こういうのをいうんです」

 スーツのポケットからスマホを取り出して、起動し、画像ファイルから適当なアニメの画像を開いて二人に見せつけた。いくらここが外の光が入り放題の廃墟だとしても、反射して見えないということはないだろう。

「ほらほら、これが二次元ですよ。だから私たちは三次元の存在なんです。ここは三次元で、それで、ここにあるような平面の世界が二次元です」

 自分でも自分が間違ったことを言っているのは分かっている。声が若干上ずっているのも分かっている。が、しかし、そう言わざるを得ない。訂正せざるを得ない。

 しかし。

「……何言ってんだ? てめえ。んなわけねえだろうが。ここは、誰も否定の仕様がない、断固たる二次元の世界だ。あたしも、てめえも、もちろん羽子も、二次元上のキャラクターに決まってるだろうが」

「……」

 一蹴された。

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