3.社長

「入社初日に先輩大泣きさせるたあ、いい度胸じゃあねえか」

 流暢(?)な江戸っ子言葉(?)で私を責め立てる新たな登場人物こと謎のスーツ女性。スーツ女性って私も箱根羽子もスーツを着ているのだが。ただ私たちと違うのが、その女が大きなサングラスをかけている点だろう。顔の半分を覆うほどに巨大な、黒のサングラスだ。

 身長は私よりも低く、箱根羽子よりも高い。

 箱根羽子はその女に飛びついて抱きついて泣きつき、グラサン女は「よしよし」と彼女の頭を撫でる。私はそんな彼女らに、

「ええと、どなたか知りませんが、私は急いでいるんで失礼します」

 と、はっきり宣言し、グラサン女の横をすり抜けてエレベーターに乗り込もうとした。が、失敗した。阻まれてしまった。私の正面に立ったグラサン女が、上目遣いでギロリと睨みつけてきた。

「おいおい、てめえ、うちの新入社員だろう? 先輩泣かせといて、何の詫びもなく帰宅するつもりか?」

「先輩って……まあ、確かに泣かせちゃいましたけど……でも私、会社行かないといけないんで」

「……」

「……」

 前に立つ二人ともが黙った。グラサン女と箱根羽子がそろって、私の顔を見つめてくる。

「な、何ですか?」

「いや……てめえ、有馬侑だろう?」

「そうですけど」

「うちの新入社員だろう?」

「それは違います」

「それは違いますって……違うなら、何であたしがてめえの名前を知ってるんだよ。自己紹介もしてないのに」

「あ」

 確かに。

 箱根羽子は別として、このサングラスの人には名乗っていない。それなのに私の名前を知っている……と、いうことは?

「え、ここ、本当にヒロインワークスなんですか?」

 廃墟なんですけど。

「さっきそう言ったよ……」

 涙声の箱根羽子……否、先輩社員、箱根さんがぼそりと呟いた。

「……廃墟、なんですけど」

「それは仕様だ」

 仕様らしい。

 ということは、アレだろうか。最新鋭のホログラム(?)とかだろうか。改めて、周囲を見渡してみる。ホロ映像にしてはやけに凝っているというか、どこからどう見ても、どう考えても、ここが都内のビルの中とは思えない。音や光景、においまで、どこからどう感じても島だった。

 グラサン女が胸元から紙切れを取り出した。それを私に渡す。受け取って見ると、さっきと同様に名刺だった。そこに書かれている名前は、『城崎きずき』。

 そしてその上には『ヒロインワークス株式会社 社長』と書かれていた。

「ここの社長だ」

 社長……。

「はあ、よろしくお願いします」

「ま、とりあえず謝罪してもらおうか。うちの可愛い可愛い社員を泣かせたことを」

「ごめんなさい」

 素早く、私は箱根さんに向かって頭を下げた。こういうときは迅速に、しぶらず、ちゃっちゃと行動するのが吉である。

「……うん。まあ確かに、エレベーターを降りたら、いきなりこんなとこに来ちゃった……ってなったら混乱するよね。いいよ別に」

 どうやら箱根さんは私を許してくれたようだった。まだ涙目ではあるけれど。

「じゃあ次はあたしに謝罪してもらおうか。新入社員が社長への挨拶もなしに、いきなり帰宅しようとしたんだから」

「ごめんなさい」

 またしても素早く、私は城崎社長に頭を下げた。彼女は私よりも背が低いが、サングラスをかけているということもあり、威圧感がすごい。

「減給一か月な。四月分の給料は無しだ」

「……はあ」

 ううん……なかなか理不尽な、と思ったが、この場合悪いのは完全に私の方で、しかも相手は社長だ。大人しく、不平不満は言わずに反省しておくのが一番だろう。

「まあいい。気を取り直して、新入社員向けの会社説明やら業務説明やら講習会やらと行こうじゃねえか」

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