第14話 無謀
翌日。授業をするしか脳の無い教師を見て、苛ついた心を必死に抑えていた。生徒には親身になって接するとか言っておいて、何も解決しようとしないじゃないか。今まで誰か一人でもいただろうか、逢来の相談に乗ろうとした教師は。こんなに分かりやすい虐めが起きているのに、何故気付いてない振りをするんだ。
同じクラスの佐武に話し掛けられるが、楽しくお喋りをする余裕なんて無かった。
ここ数ヶ月は、佐武とも高津ともあまり話しをしていない。最近彼らはどう過ごしているのだろうかと思うも、今はそれ所じゃないからと直ぐに忘れてしまった。
放課後になって、昨日公言した通りに逢来の姿を追った。校舎の端、誰も使っていない埃を被ったような空き教室へと入っていくのが見えた。教室の扉から様子を伺う。
「あんたさぁ、いつになったら学校に来なくなる訳? いい加減、自分の居場所が無いって事くらい分かるでしょう?」
岡本を筆頭に、彼女の取り巻きである月下と春山の姿が見えた。以前岡本の言っていた「つっきー」と「はるちゃん」とはこの二人である。
岡本は何の躊躇いも無く逢来の腹を蹴り飛ばした。声にならない言葉をあげて、逢来はその場に倒れる。その慣れた動きを見て、まさかいつもそういう事をしているのかと怒りで頭に血が上る。
倒れた逢来を押さえ込む月下と春山。岡本はスカートの右ポケットからカッターを取り出した。
「ここまで痛めつけてるのに、なんでまだ学校に来たがるの? 私にはわかんないや」
そう言ってむき出しになった彼女の腕にカッターの刃が伸びる。
「――すみません! 誰かいますか!」
その瞬間、僕は大声でそう叫んだ。岡本は、驚いた拍子に手にしていたカッターを取りこぼす。
「はぁ? 誰かいるのかよ……。今日は帰ろう、萎えた」
教室を出て左手には階段が、右手には他の空き教室が並んでいる。僕は別の教室の中に逃げ隠れて、岡本達が去っていくのを隠れてやり過ごした。
想像以上に上手く事が運び、緊張で張り詰めていた身体が途端に重たくなった。どうだ、僕にだって君の力になれるんだ。ただのお節介に過ぎないが、自らを満たす充実感は凄まじい。
「やっぱり、鞍嶋君だったんだね」
僕が身を隠していた隣の教室に、彼女も入ってくる。
「上手くいって良かった」
「もう駄目だよ、こんな事してたら君だって……でも、今だけは、ありがとう」
僕のすぐ傍に座って、くしゃっと顔を綻ばせた彼女は笑った。
そうやって解決したとばかり思って油断していたからか、近付く足音に僕達は全く気が付かなかった。
僕らのいる教室の扉をがらりと音をたてて入ってきたのは、小宮だった。
「あれ、逢来ちゃんともう一人……は、誰か知らねーけど、何してんの?」
どっと汗が噴出す。こいつに見つかるのは不味い。こいつは岡本の彼氏だ、何を告げ口されてもおかしくない。だが、誤魔化す理由が見つからない。こんな教室で二人、一体どんな理由を差し出せば言い逃れできるというのか。
「……へぇ……とりあえず、まりのやつ呼んでおこっかな」
下品な笑顔を浮かべて携帯を開く小宮。
「喜ぶ暇もくれないんだ……」
逢来は僕の顔を見て、両目から大粒の涙を流しながら「ごめんね」と言った。君は悪くない、悪いのはあいつらだろう。君が謝る事なんて無い――そう言いたいのに、口が上手く動いてくれなかった。
「……あなたの言う通りにするから、彼は巻き込まないで」
彼女は座った姿勢のまま額を床に押し付け、小宮に向けて声を振り絞る。僕はその姿を呆然と見るだけで何も出来ない。
「はぁ? お前ら仲良いんだ。妬けるね、こんな可愛い子にそこまで言って貰うなんて」
思案顔でどうしようかと悩む小宮。逢来は深く目を瞑って開こうとしない。涙はもう、流れていなかった。
「じゃあ、まりには黙っててあげるからさ。とりあえず、脱ぎなよ」
「なんでそんな事をしなきゃいけないの……」
「可愛い子の裸は誰だって見たいじゃん? それとも、さっそく約束破るつもり?」
彼女は下唇を強く噛んで、静かに制服を脱いでいく。上着を脱いで、インナーが露わになったが、それもすぐに脱ぎ捨てるように小宮が急かす。初めて見る逢来の肌は白くきめ細かい洗い立てのように綺麗なものだったが、至る所に青痣が出来ていた。先程蹴り飛ばされた腹や背中に肩、それに今日も腕に巻かれていた包帯。血は滲んでいないようだったが、見ているだけでその傷みがこちらにも伝わってきそうだった。
「うわ、あいつらやりすぎでしょ。流石に引くって」
小宮も若干、不快そうな顔をして見せたが脱ぐのを止めろとは言わなかった。
スカートに手が掛かり、逢来は下着だけの姿になった。僕はその姿を見る事が出来なくて目を逸らす。彼女の痣も、傷も、痴態も、今は何も見たくない。
「ほら、お前も見てみろよ。すっげぇスタイル良いからさ。あーあ、こんな子が彼女だったら良かったなぁ。どう、俺と付き合ってみない?」
逢来は腕で身体を隠しながら、それには返事をせず黙ったままだ。小宮は「振られたか」なんて言っておどけている。
小宮はこちらへと距離を詰め寄り、僕の髪を掴んで強く引っ張った。
「お前も見ろって。俺達もう共犯なんだからさ、幸せは分け合わないと」
無理に顔をそちらに向けられる。みるみる顔が赤くなっていく彼女を見て、吐きそうになる程の罪悪感が僕を襲った。
「それじゃあ、下着も早く取って」
いくら抵抗しても無駄だと悟っているのだろう、今度は言われるがままに従っていた。
ぼやけた視界の中で、小宮の顔を覗き見た。荒くなった息遣いと、卑しく歪んだその表情。とてつもない嫌悪感を覚えた。本当に同い年の男がこれをやっているのか? 今起きているこれは、現実なのか?
小宮はすっかり彼女の姿に夢中で、僕の事など気にも留めていなかった。
もう嫌だ、何で僕らがこんな目に合わなきゃいけないんだ。隙だらけの小宮の手を振り払って、転がるように廊下へ飛び出した。
「……おい! どこ行くんだよ!」
一直線に向かうのは廊下の消防設備、火災探知機のボタンだった。
自らの指が折れ曲がるんじゃないかと思う位に強く押し、それと同時に鼓膜を切り裂くような高い音が鳴り響いた。近くに教師がいれば、嫌でも駆けつけるに違いない。
不機嫌さを隠そうともしない小宮が教室から現れた。
「お前……。良い所だったのに、舐めた事しやがって……。明日から覚悟しておけよ?」
岡本と同じ道を辿って小宮は姿を消した。入れ替わるように教師がやってくるのが見えて、慌てて逢来の様子を確認しに戻った。するともう既に制服を着直していて安心する。
取り繕ったように笑う彼女の顔には、感情がどこかに消えてしまったのかと思う位に空っぽだった。僕は、また何も言えなかった。本当なら彼女を救う為にこの場所に来たというのに、結果は彼女を更に傷つけてしまっただけだ。
弁明する間もなく教師数人が教室の中へと入ってきた。恨み言を言われた方が幾分気持ちは楽だったが、それすらも許してくれない。
ふざけ半分で押したと嘘を付いたら、驚くほど長い時間説教された。本来ならこんなやつらに説教されるなんて屈辱で堪らないのだが、今だけは不思議と我慢できた。
逢来とは一言も話す事ができないまま、大変遅くなってしまったからカフェに寄る事もできずに今日が終わってしまった。
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