第6話     -3-

 家に帰るとまだ母親の姿しか見つからず、壱哉はまだ帰宅していなかった。


「帰りました、部屋に行ってます」


 そう一言だけ、リビングの向こうに投げ掛けて自室へ向かった。逢来と話が出来た事による高揚感は未だ熱を帯び、新しい目線で曲を聞き直しているとまた新しい顔を見せてくれた。

 壱哉にもこの曲を聴かせれば、また新しい発見があるんじゃないだろうか。このCDを押し付けてやろうかなんて企んでいると、隣の部屋――今頭の中に浮かんでいたその人が帰宅してきた。時間を見るともう十九時近くなっており、もうそろそろ晩飯の時間になっている。

 少し間を空け部屋の中で待っていると、壱哉がリビングへ向かう足音が聞こえた。それに合わせて僕もリビングへと向かう。

 食卓を覗くと、いつも通りの煌びやかな食事。そして父の姿があった。


「こうして家族で顔を合わせて食事を摂るのも、かれこれ二週間振りかしら?」

「ああ、もうそんなに経つのか。私もこうして食事を摂れるようには努力してはいるが、どうにもやらなければいけない仕事が底を尽きない」

「いいのよあなた。あなたがこうして頑張ってくれているから今の生活があるんだから」


 父と母の会話を尻目に、僕は席へと腰を下ろす。横には壱哉、向かいには母が座る。


「それで、最近はどうだ壱哉」

「あぁ、この調子だと父さんの選んでくれた高校にはまず間違いなく合格できるよ。バスケだって、後輩の育成は抜かりない。このまま頑張ってくれれば今年も全国出場は固いだろうね」


 壱哉の返答に気分を良くしたのか、父は「そうか」と言って酒をぐいと呷った。壱哉も心なしか誇らしげな顔つきだ。


「うむ、その調子で励んでくれよ壱哉。お前は自慢の息子だ、このまま期待を裏切ってくれるなよ」

「勿論、任せてくれ」


 ぶすっとした顔で黙りこくる僕に気を使ったのか、壱哉は話の流れを僕へと向ける。


「和久も、この前のテストは良い成績だったんだろ? 俺も負けてられないな」

「あんなの、ただの偶然だよ。きっと次のテストはあんな点数取れやしない」


 苦笑を隠しきれない壱哉は「まあそう言うなって」と言って僕の肩を叩いた。


「成績か……私が学生の頃も、常に一位でいるのが当たり前だった。壱哉、私の後を付いて来るというのなら、それ位の気構えを持つように」

「当たり前の事だけど、人を束ねられるのは上に立つ人間で、一流の人間だけよ。その事を今の内から意識しておきなさい。そうでなければ出遅れてしまうわよ」


 話は終わりだと言わんばかりに、明日の仕事の確認をすると言い、父は席を立った。母も食事が終わったら食器を下げに来いとだけ言い残し、台所へと場所を変えた。すると必然、食卓には僕と壱哉の二人しか残らない。


「……結局、いつも通りの食事風景だね」

「あぁ、そうだな……和久、ごめんな」

「なんで壱哉が謝るのさ」


 そう、謝る事なんてない。だって、これが普通なんだから。今更不満を訴えるような事、する訳が無いだろう。

 食事を終え器を台所に置き、逃げるように自室へ戻った。後で壱哉にも聞かせてみようようと思っていた『LunaLess』の曲だが、今ではそんな気も消え失せてしまっていた。

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