二人の 『独り』(中)
午前3時頃、4月初旬とはいえ夜中はまだ寒い。薄手で出歩くには厳しい寒さだ。一軒家と団地、マンションが軒並み建っている深夜の街中を1人の少年が歩いていた。少年はパーカーの上にフード付きの黒いコートを羽織って、カーゴパンツを穿いている。深夜の一般住宅街に人の気配はなく、少年しか通ってない。道路も新聞配達ぐらいしか通らない。世間一般的に考えてみれば、深夜の住宅街を子供が歩いていれば通報されて保護されるのが当たり前である。パトカーが巡回して発見されれば即保護される。少年は髪が長めで目は前髪で隠れている。フードを被ってマスクもして顔の特徴は分からないが、10代前半で中学生程度という印象だ。普通の中学生はまず深夜に出歩かない。とっくに就寝しているはず。起きていたとしても勉強かネットをしているはずか、アニメを見ている。それ以外で起きていて外を出歩いているような人は、まず「不良」思い浮かぶ。不良は深夜の時間帯に活動するイメージがある。しかし少年が歩いている住宅街には飲食店はおろかコンビニもない。それどころか自動販売機も見当たらない。しかも1人でいるところを見ると、不良が活動するには不都合が多い。尚且つ、少年はただ街中を歩いているだけで悪さをする気配は感じられない。ただ車やバイクが通りかかった時は気配を消して素通りするように歩いていた。深夜の時間帯に出歩く中学生だけで印象は最悪なだけに、通行する他人には警戒していた。
隣町に入り街の雰囲気も変わった。近年開発進む新興住宅街で綺麗な街並みと大都市まで1時間圏内のアクセスが人気
で転入希望が相次いでいる。そのような住宅街だからこそ夜になると街は一気に静かになる。特に街で1番大きい公園は高台の上にあるため深夜に入ると若者が集まる溜まり場になる。時折、不良の溜まり場になる時もあるためパトカーの巡回強化地域にも指定されている。少年も街の掲示板でその事を把握していたため、その地域を避けて歩こうとした。
小さな交差点に差し掛かり、左に曲がれば公園に通じるが巡回を警戒して右を選ぼうとした。右側には一軒家が軒並み建っているだけでパトカーも入ってこない。深夜というとこで明かりの付いた家はないため、静かに散歩をするには最適なはずだった。少年もそのことを踏まえて右に曲がろうとした・・・。
「きゃー・・・」
「っ!?」
公園の方向から男性の叫び声らしきものが聞こえてきた。
「やめろー!」「うわー!」「がゃー!」
叫び声が立て続きに増していく様子に少年は何の躊躇することなく公園の方に向かった。走って公園に通じる道を通る中、男性の叫び声が続いたため明かりを付ける家が少しずつ増えていく。少年が公園に入る頃には周辺の家では大体明かりが付いていた。
叫び声から1分程度で公園に到着した。公園の広場手前の繁みに隠れて状況を確認しようとしたが誰もいなかった。何もなかったのか既に逃げられたかのかと思うが、明かりの付いた家は今も増えている。しかも広場には何か起こった跡が残っていたため、近くに誰かがいることは間違いなかった。そこで周囲をも見渡すと公衆トイレに人影を感じたため少年が向かって見ると、中年のサラリーマン男性に対して10代後半から20代前後の男性が3~4人暴行を働いていた。さしずめオヤジ狩りだった。中年男性は午前様で帰宅しようしているところに不良グループに目を付けられたようだ。
必死に抵抗するサラリーマンに対して集団で暴力を振るって金品を奪おうとする不良グループでは圧倒的に不利だった。さらに不良達はバットや鉄パイプ、エアガンなどを用いてサラリーマンを痛めつけている。サラリーマンは瞬時に傷だらけなり弱っていく。長く持たないと思った少年は即座に動いた。
「おいおっさん、早く財布よこせよ」
「ぃ...ぃゃゃ...」
「何いってだよ!」
既に傷だらけで意識が朦朧とするサラリーマンの必死の抵抗に不良達は躊躇いなく鉄パイプやバットを振り落とそうとするが、不良達に目掛けてゴミ箱が投げつけられて顔面に命中した。
「いっえー」
「ぅあーっ」
顔面にゴミ箱が命中した不良達はあまりの衝撃に悶絶していた。意識が薄く正常な判断ができなくなっているサラリーマンには何が起こったのかわからず、ただ意識が遠くなっていくだけだった。
状況が一変する中、少年はトイレに駆け込み悶絶する不良達を尻目に動けないサラリーマンを介抱していた。致命傷や重篤な傷がないことを確認するとサラリーマンを背負って安全な所へ運び出そうとしたが、不良の様子に変化があることに少年は気付いていた。
「っーって、お前、何しやがってんだよ!」
不良の1人が顔面の痛みが消えてようやく周囲を見渡せるようになった。サラリーマンのいる方に目を向けると、少年がサラリーマンを背負ってこの場を去ろうとしている光景が移った。当然、不良は少年に向かって大声で叫んだ。少年は既に不良達に対して臨戦態勢を整えていた。中学生の背中に中年男性を背負っているという明らかな体格差があるにも関わらず、不良達に戦う状態を整えていた。
「てめー何だよ!」
「ガキかどうか知らんがぶっ殺してやる!」
不良達から見た少年は、フードを被りマスクをしているため特徴が掴めず、中学生なのかどうか判断できなかっか。しかし、自分達よりも年下だということは感じ取れるため勝ち気になれた。しかも相手は1人。不良達から見れば楽勝と思えた。そんな状況でも少年は表情を変えずにただ不良達を見ていた。というよりは相手を見下すような、とうでも良いと思っている表情でいた。圧倒的不利な状況に困惑する様子ではなく、小物をどのように潰すかを考えている顔のように見えた。
少年がそのような感じで不良達を見ていることに、彼らは気付くことなく、少年に襲いかかろうとした。
「殺っちまおうぜ!」
「あー、殺ってやろう!」
3~4人の不良が少年に向かって鉄パイプとバットを振り下ろしながら走ってきた。
少年は男性を背負ったままその場にいた。逃げることもせず不良達に立ち向かおうともしない。不良達が襲いかかろうとする中、普通なら男性を守るために逃げるか背中にから降ろすはず。しかし少年は何もせずに襲い掛かってくる目前の敵に対して守るための行動を取ろうとしない。
少年は動く事はしない。ただ見つめていた。敵意を持って不良達を見つめ睨みつけていた。不少年が睨みつけている先に不良達は遠慮も容赦もなく襲い掛かろうとしてくるが、少年との距離が30㎝程度のところで不良達の動きが止まった。振り下ろそうとしていた鉄パイプも途中で動きを止めて微動だにしなかった。不良達が動きを完全に止めてしまい襲い掛かるつもりで調子に乗っていた余裕の表情が一瞬で動揺と恐怖の表情に変わった。顔にも冷や汗が出て何も発することが出来なくなっていた。
不良達の目の前に男性を背負って立っている少年は、彼らから見ればいきなり現れたガキかヒーロー気取りのガキにしか見えず、襲撃対象でしかなかったはずだった。
しかし今、不良達の目の前に映っている少年の印象は恐怖でしかなかった。フードを被りマスクをしている表情は明かりをついていてもわからなかった。唯一少年の表情が見える目はただ自分達を睨みつけている視線ではない。敵に対しての威圧であり、掃滅の意志を示す視線だった。しかもその視線は周りを瞬時に変化させ、感情任せで勢いだけで動いている不良達を混乱させたが、それはただの威圧に押されただけではない。
少年から醸し出されている圧倒的で、得体の知れない圧力と敵意に不良達は底知れぬ恐怖と絶望を感じていた。不良達は少年に対しての印象を恐怖と絶望へと変えた。そして相手にしてはいけない、触れてはいけない強者に手を出そうとしていることを感じた。
少年は不良達に対して無言の圧力を掛けて不良達の動きを封じたが、ずっと圧力を掛けることはなく彼らの動きが止まった瞬間、徐々に視線を元に戻していた。不良達に対して無駄なプレッシャーを長時間掛けるつもりは全くなく、彼らの動きを封じることだけでいいと思っていた。
彼らは少年が圧力から普通の視線に戻っても、さっきまでの圧力から来る恐怖と絶望で頭が混乱して少年の変化を感じ取れなかった。もともと後先考えずに欲望と快楽のためだけでオヤジ狩りをしていただけに、そこまで状況を読み取る思考力はなかった。
少年は彼らが混乱し動揺しているのを見て背負っていた男性をすぐ横の個室トイレに座らせて安全を確保した。その間、少年が動いているのを見た不良達は彼の変化に気づき、まるで痙攣の如く体をビクッつとさせた。彼らからすれば永遠のように長時間続いた恐怖と絶望が解放された感じで大きなため息をついた。安堵感でいっぱいの彼らは、普段なら少年の行動に一言二言発しながら襲い掛かるが得体の知れない圧力と敵意に翻弄され状況の変化に対応できる余裕が全くなかった。実は彼が動いた時、彼らは自分達を襲い掛かるのではと思ったが自分たちの方に向かわず別の方へ向かっていった瞬間、自分達ではないのかと安心していた。彼が男性を別の場所に避難させ、自分達に対して何もしないと勝手に解釈した1人の不良が意気揚々に発した。
「・・・っ、ぁぁぁ…ああああああああ!もう殺ってやるー!」
先ほどの圧力で恐怖と絶望に陥っていた影響で思考力が無くなり、錯乱状態になった。それは他の不良達も同じだった。
“赤信号、皆で渡ると怖くない”、”群集心理”のように1人が動くと皆が動き、危ない橋を渡っても皆が入れば怖くないと感じるようになり、彼に対して1人が襲い掛かろうとすると他の不良達も一斉に襲い掛かるために前進した。しかし彼らに冷静な行動は一切なく、恐怖と絶望に縛られた状況を打破するために錯乱状態に陥ったままの行動のため、彼らは意味不明なことを発しながら少年に襲い掛かろうとする。
不良Aが鉄パイプを少年に目掛けて振り下ろした。少年は男性を個室トイレに座らせて個室から出て来るところに不良達の襲撃を受けようとしたが、彼は自分の頭に目掛けて振り下ろされようとする鉄パイプを難なく余裕で避けた。避けられた不良Aの鉄パイプは壁に当たった。当たった衝撃で不良Aの腕は痺れて動けなくなった。
「っっぅ…」
小さな呻き声に耳を課さない他の不良達は問答無用に少年に襲い掛かった。鉄パイプやバットが振り回される中、彼は余裕で不良達の攻撃を交わしながら、手を出さずに彼らにダメージを与えている。
不良Cがバットを振り下ろした瞬間、すぐにしゃがみ込んだ。不良Cが彼の態勢に合わせて
頭から姿勢を落として振り下ろすバットを彼に目掛けて振り落とした。その瞬間、不良Dも彼がビビッてるのではと思い込んだため鉄パイプを彼に目掛けて振り下ろした。
次の瞬間、不良Cがしゃがみ込んだ彼に合わせて態勢も低くしたため、立っている状態でバットよりも長い鉄パイプを振り落としたため、不良Cの左首の後ろに命中した。Cは首にDの力強く振り落とした鉄パイプが当たったため、その衝撃でCは意識を失った。DはCを負傷させたことに理解できず混乱して動けなかった。
不良Bは彼に迫ろうとしたが狭い公衆トイレにCが倒れているが気づかずに進んだため、Cに躓いてしまった。振り回していたバットが勢いよく動揺と混乱で動けなくなったDの顔面に命中し、Dは後ろから倒れて気を失った。Bは倒れたCに躓いて前からこけながら倒れた。
そんな中、Aが腕の痺れから解放されて動けるようになると彼に目掛けて迫りながら鉄パイプを振り回してきた。彼は瞬時に鉄パイプを振り回すAを見て、倒れるB、C、Dを避けながら
ある方向へ向かった。Aは彼の向う方へ仲間を踏みながら進み、彼がAに視線を向けると勢い良く鉄パイプを振り落とした。その瞬間、彼は鉄パイプを避けて水道の蛇口に命中した。強く振り下ろしたため蛇口は破損して水が溢れでてきた。水はあらゆる角度から溢れ出て視界を遮り彼らの動きを封じた。Aの目に水が入り、身動きが取れなくなった。その時、Bが
力強く勢いよく起き上がって彼を目掛けて襲い掛かろうとした。しかし長身で巨漢のBの目の前には水道の受け皿があり、勢いよく顔面に当たり、衝撃を受けた。無理に起き上がろうとするBの目の前に、溢れ出る水の影響で視界が狭くなり動揺しているAが無理やり鉄パイプを振り回していた。その鉄パイプがBの顔面に再び命中した。Bは顔面の2度の衝撃が加わったことで意識を失い、Aに向かって倒れた。Bの下敷きになったAは倒れた際に後頭部に衝撃を受けたため意識が朦朧とした。しかも巨漢のBの体重がAの体を痛めつけて全身に痛みが出て呻き声を発しながら意識を失った。
少年は自分の手で不良達を下さずに倒した。彼らが倒れて動かなくなったのを確認して個室トイレにいる男性の下に向かおうとした…。そんな時、サイレン音がして徐々に音が上がっている。恐らく近隣の住人が通報したものだが、彼にとっては迷惑なものだった。徐々に音が上がるサイレンは緊急車両が近づいていることを表しているため、すぐにこの場を離れる必要があった。中学生が夜中に1人で出歩くこと自体、怪しい。その上、目の前に倒れている不良達の姿を見れば、自分がいくら正当性を主張しても信じてもらえないことは目に見えている。少年は男性を心配しながらも、すぐにその場を離れた。足跡がつかないように周辺の木々の茂みを利用しながら手袋を付けてクライミングのように飛び移りながら公園から離れた。そのあと、すぐにパトカーが到着し、警察官2名が公園に入っていった。
少年は公園から離れてしばらく経ち、山の中に入っていた。サイレンの音はおろか、人の声もなく、あるのは森林特有の茂みの音が響いていた。時間は既に5時頃に入っていた。
日が登り、夜が明けた山道は、光がまだ照らされてなく木々や葉で若干暗闇にある。舗装されてない凸凹の道は歩くのもやっとで暗闇の中で歩くのは危ないことである。その上、日の当たらない夜明けの山道は冷えている。
そんな山道に1人の少年が歩いていた。少年は山道の険しい道を息一つ変えることなく一つの目的地に向かうように進んでいた。先ほどまで暴漢たちと1人で戦っていたにも関わらず、何の変化もなく歩く。
前に進むも山道は変わらず険しい道が続くが少年はただ真っ直ぐ進んでいた。しかし、今歩いている道は険しいはずだが何度か通った跡があり、手付かずの道ではなかった。少年はお決まりの散歩コースのように歩いていた。
山道を歩くこと数十分、山道に照らされる光は少なく、暗いままで冷えたまま。しかしその山道は少しずつ道が開けて足場も良くなっている。足取りがスムーズになってきた。そして目の前に光が差し込んできた。進むにつれて光が強くなり、はっきり視界で分かるようになる。そして光の見える範囲が広くなるにつれて少年の目は眩しくなり、目を細めて進むようになった。それでも少年は足を止めることなく光の方向へ進み、目的地に向かう。
その時、光が一気に強くなる。その光は全てを包み込むように辺り周辺を光で覆われた。少年は光の強さに耐えきれず目を瞑り、手と腕を目の前に持ってきて光を遮ろうとした。それでも光の強さに戸惑い、目を瞑り続けた。強く瞑り光が落ち着くのを待つしかなかったが、いつまでも続く光の反射に成す術はなく、ただその場を過ごす以外、何もできなかった。その時、少年は恐怖を感じること気配はなく、戸惑いを感じながらも前に進もうとしていた。ただ光の強さに圧倒されて前は愚か動くことすらできなかった。
強い光に為す術がなかったため時間が感じ取れず、長い時間が経ったように感じたが、徐々に光が収まっていく。彼も光が弱まっていることを感じ、目を開けても問題ないと感じたため少しずつ瞼を開けた。すると目の前に変化はなく、何だったのか理解できなかった。時間を確認すると、山道に入ってから時間は経っていない。一瞬の出来事だということはわかったが未だに先ほどの出来事を理解できずにいた。彼はしばらくその場に立ち止まったが、何もしないだけでは意味がないため歩き進めた。
歩き始めること10分程が経ち、道が狭くなっていく。茂みをかき分けながら進む中、道が明るくなっていく。最後の茂みをかき分けると、そこには大きな湖があった。広大で透き通った湖に周囲は綺麗な広場となっている。そこに少年が1人入っていくが…。 To be continued
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