第44話 November 20,1990,3:44 p.m.

1990年11月20日 その日の朝は

今までにない程 良い目覚めで迎えられた

外では穏やかな青空が広がり

鳥達も遠くで唄っている


その景色を眺めながら私は

子供達に今日は早めに帰るよう伝えた

妻に一家を夕方に呼ぶよう依頼した


そう この穏やかな今日という日に

私は私の一般人としての人生を終えるつもりになった

今日はお別れの日 最期の日


私は最後となったその日を いつもと同じように過ごした

いつも通り会社へ行き いつも通り働いた

特別なことは何もしなかった


会社までの景色 会社での景色

全て見納めとなる

会社での仕事 会社の同僚

関わるのは最後となる


最後 最後 最後として今日を動いていたから

もっともっと感傷的になりそうな気もしたが

それもないまま最後のお勤めは終わった


後は家に帰って これまでの私を話し

人生に幕を下ろすだけなのだが

そこで私はふと足を止めた

止めて思ってしまった


何故?


内なる悪魔が私に囁き さらなる外道へ誘う

別に今日終わりにしなくてもいいじゃないか

殺れる限り殺って 危なくなったら逃げよう


内なる悪魔が私に囁き 誘惑を仕掛ける

ほらあそこに魅力的な女性がいるじゃないか

ちょっと犯して 殺して 食べてしまおう


嗚呼 もう

殺したい 殺したい 殺したい 殺したい 殺したい 殺したい

殺したい 殺したい 殺したい 殺したい 殺したい 殺したい

殺したい 殺したい 殺したい 殺したい 殺したい 殺したい

殺したい 殺したい 殺したい 殺したい 殺したい 殺したい


脳味噌が殺意の紅で埋め尽くされ 逝く


麻薬のように 性質の悪い酒のように

赤くて黒い罪の味への飢えが

私を何度でも狂わせる


家族との約束なんてどうでもいい

ただ人を犯して 殺して 食らいたい

明日以降のことだってどうでもいい

ただ人を犯して 殺して 食らいたい


赤い狂気が私の中で嵐のように暴れ

赤い狂気が私を突き動かそうとしたが


ふっと爽やかな風が私の中を通り抜け

狂い始めた私を止めた


既に冷たくなった晩秋の風に晒され

私は泣き崩れそうになった


嗚呼 私はダメだ 本当にダメだ


私はシリアルキラー それは変わらない

ずっと変わらない 変えられない

何があっても 決して


そこに誰か人がいる限り 私は人を殺し続ける


私はそんな化物のまま 人には戻れない

私はずっと死神のまま 人には戻れない


改めてその事実を認識したその時

私の周囲を民警とKGBが囲んだ


嗚呼 そうさ 正解だよ この野郎共

心の中で彼等に毒づき

今日の約束を守れなかったことを

心の中で家族に詫びながら


1990年11月20日 午後3時44分 私は逮捕された


その瞬間 私の長きに渡る

シリアルキラーとしての人生は幕を閉じた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る